有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若きミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
この「ディスクガイド」は、サーバーの容量の関係で6ヶ月ごとに削除いたしますので、必要な方はご自分で保存してください。(管理人)
 
月刊「サ・ガーズ」 2000年3月号

     

《Aznavour live Palais
des Congres 97/98》
「アズナヴール ライヴ
パレ・デ・コングレ97/98」
(EMI 7243 5 22415 2)輸入盤

〈曲目〉CD 1

  1. Plus bleu que tes yeux(en duo avec Edith Piaf)
    あなたの目よりも青く
    (エディット・ピアフとのデュエット)
  2. Les images de la vie
    人生のイマージュ
  3. Salut au public
    挨拶
  4. Un par un
    砂の城
  5. Gitana Gitana
    ヒターナ ヒターナ
  6. Presentation Pierre Roche
    ピエール・ロッシュの紹介
  7. Le feutre taupe
    破れた帽子
  8. Amour amer
    苦い愛
  9. Mes emmerdes
    想い出をみつめて
  10. Dis-moi que tu m'aimes
    愛してると言って
  11. Ce metier
    この職業
  12. J'en deduis que je t'aime
    だから君を愛している
  13. Le droit des femmmes
    女性の権利
  14. Mais c'etait hier
    想い出の彷徨
  15. Hier encore
    帰り来ぬ青春
  16. Je m'voyais deja
    希望に満ちて
  17. Comme ils disent
    人々の言うように
  18. Emmenez-moi
    世界の果てに

〈曲目〉CD 2

  1. Je te rechaufferai
    愛は燃えている
  2. Viens au creux de mon epaule
    僕の肩でお泣き
  3. Tout s'en va
    すべては終わり
  4. Il faut savoir
    それがわかれば
  5. Pour faire une jam
    ジャム・セッションのために
  6. Je t'aime A.I.M.E.
    ジュ・テーム A.I.M.E.
  7. Presentation auteurs compositeurs
    作詞・作曲者の紹介
  8. Me voila seul
    孤独の心
  9. Tu t'laisse aller
    のらくらもの
  10. Presentation et entree des Petits Chanteurs a la croix
    十字架手少年架合唱団の紹介と入場
  11. Les enfants
    子供たち(木の十字架小年合唱団との演唱)
  12. Ave Maria
    アヴェ・マリア
  13. Les plaisirs demodes
    昔気質の恋
  14. Non,je n'ai rien oublie
    遠い想い出
  15. Les deux guitares
    二つのギター
  16. Mon emouvant amour
    声のない恋
  17. La boheme
    ラ・ボエーム
  18. Nous nous reverrons un jour ou l'autre
    いつの日かまた会いましょう
  

 シャルル・アズナヴールが1997年11月4日から翌年1月3日まで、パリのパレ・デ・コングレで行ったリサイタルのライヴ・アルバム。
 ポスターやプログラムの表紙にも使われた、ベルナール・ビュッフェのデッサンがジャケットにも見える。果たしてこの顔、似ているものかどうか、初めて見た時にはちょっと考えさせられたものだけれど、ご本人はそんな事にはまるで無関心だと、ある雑誌のインタヴユー記事で語っていた。確かに、デッサンが似ていようがいまいが、彼の実力やキャリア、名声にいささかも傷がつくわけではない。大切なものは他にある、というわけだろう。
 私事で恐縮だけれども、97年11月23日の公演を観に行ったことを思い出さずにはいられない。前日に東京を発ち、当日の早朝にパリ着、ステージを観て翌日の朝の便で帰国する、というとんぼ返りの日程だった。でも、その価値は十二分にあった。厳しい寒さがコートを貫き、顔や手が凍りつきそうだった。だからこそかえって、アズナヴールの温かな歌声が心にも身体にもしみわたったのを覚えている。
 CD1の1、4、8、10、11、13曲目、CD2の11、18曲目は97年に発表されたニュー・アルバム 《Plus bleu...》(EMI857 528 2)収録曲。

 1枚目から耳を傾けてみよう。
 幕開けの「あなたの目よりも青く」は1951年にアズナヴールが作詞・作曲したもので、エディット・ピアフが歌った。後に彼自身も歌っている。97年のアルバム冒頭を飾ったのと同じ趣向で、ピアフのヴォーカル・トラックにナマの自分の声をかぶせながら歌い進める。
 余談だが、ピアフ・ファンのなかにはこの試みを快く思わない人たちもいるという。「功成り名遂げたアズナヴールが、なぜいまさらピアフの威光を借りなければならないのか」というのがその言い分らしい。没後35周年を目前にして、ピアフへのオマージュを捧げたのだろう、と何となく思っていた僕には意外な感じがする。
「自分でも忘れていたような古い歌を歌います」と「挨拶」で述べ、続けて歌い出すのは「砂の城」(4)。原題は「ひとつずつ」。お城に住み、豪奢な暮らしをしていた主人公がギャンブルで財産を失う。それまで彼を取り巻いていた友人たちはさよならも言わずに去る。彼はひとつ、またひとつと人生を学ぶという、芥川龍之介描く「杜子春」みたいなシャンソン。
7曲目は、作曲家のピエール・ロッシュとデュエットで歌っていた頃の歌から「破れた帽子」。アズナヴールのキャリアのごく初期、1946年のレパートリーで、スウィング感たっぷりに歌い、旧友を偲んでいる。
 古いところではもう1曲、59年に発表された「だから君を愛している」が12曲目にある。
「想い出の彷徨」(14)の曲終わりから、途切れることなく「帰り来ぬ青春」(15)へ
歌い継ぐ。この、さりげなさの妙。いずれも過ぎた日々に目を向けてバラードで歌われるが、後者の方がより悔恨の度合いが強いようだ。快活で享楽的だった青春時代を、弾けるリズムとともに思い返しているのは「想い出をみつめて」(9)。前2曲とは好対照だ。
 91年に来日公演した時もそうだったけれど、新曲の大半を第1部で披露している。常に前へと進む姿をアピールすることを大切にしているのだろう。そして、観客の耳に馴染んだ曲を第2部により多く並べる。この方式はここでも同様だ。
 CD1に収められた新曲のなかでも、彼らしいテーマを盛り込んだ作品として僕が注目するのは「苦い愛」(8)と「女性の権利」(13)」だ。
 明言はしていないものの、前者では「愛から死まで/ほんの一歩だった」などの言葉が見受けられるので、恐らく、エイズに脅かされた恋人たちを取り上げたもののように感じられる。愛の様々な形を歌に込めてきたアズナヴールとしては避けて通れないのだろうか。 後者では「女性の権利はかつてのようなものではない」と、女性解放運動家を喜ばせるかのように高らかに宣言する。

 「きみを暖めてあげよう」というのが原題の「愛は燃えている」(CD2 (1))で第2部が始まる。会場の外は先に述べたようにとても寒いから、それを考慮に入れているのだろう。
続く「僕の肩でお泣き」(2)は54年の作品だが、愛のシャンソンの達人であるアズナヴールは、深い洞察力から導き出された短い歌詞を冒頭に加えて歌い出し、新味を添えている。観客も初めて接するこの歌詞を静かに聴き、ほどなく、慣れ親しんだ「もしきみを傷つけ/きみの過去を中傷してしまったら/僕の肩でお泣き」が始まってから拍手を贈っている。
アズナヴールはシャンソンのなかで、女性に対して気弱な主人公を描き、それを演じながら歌うことが多い。そんな亭主が酔った勢いに任せて、横暴な(?)女房に愚痴をこぼしながら逆襲を試みる姿が笑いを誘う「のらくらもの」(9)は、いつ聴いてもよくできた作品だと思う。何だかんだと女房への不満を挙げていくけれど、それというのも「優しさを示そうとしてみてくれ/僕に多くの幸せをくれた/娘の頃に戻ってほしい」というのが本音なのだ。
 こう言われた女房の側にも言い分があろう。「こんなふうに変わったのは誰のせいなのよ」と、フランスの女性ならずとも反論したくなるのも分かるような気がする。実は、アズナヴールはその反発への答を用意していた。第1部の「女性の権利」を歌った後に、そう告白しているのだ。
 「パレ・デ・コングレでは驚きのある夕べと、驚きのない夕べがあります」と「子供たち」(11)を歌う前にアナウンスし、木の十字架少年合唱団を紹介。僕が観た日には彼らは出演しなかったから、“驚きのない夕べ”に当たってしまったようだ。しかも、「子供たち」の曲は公演終了後、観客が席を離れる時のBGMとして流されていただけだったなあ...などとボヤいても始まらない。でも、ピエール・ドラノエ Pierre Delanoe 作詞のこの歌、希望のあるいい歌だ。それに、このCDでは、同合唱団との共演がもう1曲「アヴェ・マリア」で楽しめるのだから愚痴は言うのはよそう。
 自らの天才を信じ、画家をめざしてモンマルトルの安アパルトマンに愛する人と暮らした若き日々。志を果たせず空しく時は過ぎ、月日は流れ、恋人も去り、主人公はふとかつての古巣を訪れて返らぬ昔を思う...「ラ・ボエーム」がラスト直前に置かれた。アズナヴールのシャンソンの魅力が凝縮した、いつまでも色あせることのない、まさに名曲、まさに名演。
 最後は新曲でしめている。「いつの日かまた会いましょう」(18)。「あなたの道が/私の道を通るなら/私とあなたの自動車(くるま)はすれ違うでしょう」。観客に礼を述べ、再会を呼びかける。
 物静かなのに、力強さを感じさせるアズナヴールのリサイタルは、こうして滞りなく終わる。
 身振り、手振りはもちろん、彼のステージでは目や顔の表情なども魅力のひとつだ。映像でそれを確かめたい人のためにビデオが発売されている。
《Aznavour live 97/98》
(EMI492253 3)。31曲入りで、約2時間10分。

   


 

 

《Chrles Trenet a Pleyel》
「プレイエルのシャルル・トレネ」

(Wea 8573 80886 2)輸入盤
 (TOCP-65375)

〈曲目〉

  1. Revoir Paris
    パリに帰りて
  2. Le bal de la nuit
    夜の舞踏会
  3. Temperamentale
    情熱家の女性
  4. Que reste-t-il de nos amours
    残されし恋には
  5. Le revenant
    幽霊
  6. Il y avait des arbres
    木々があった
  7. La folle complainte
    愚かな嘆き
  8. Mam'zelle Clio
    マムゼル・クリオ
  9. De la fenetre en haut
    高い方の窓から
  10. Le jardin extraordinaire
    不思議な庭
  11. La famille musicienne
    音楽一家
  12. Debit de lait debit de l'eau
    牛乳売りと水売り
  13. J'ai ta main
    きみの手をとって
  14. Le soleil et la lune
    太陽と月
  15. Il pleut dans ma chambre
    僕の部屋に雨が降る
  16. L'ame des poetes
    詩人の魂
  17. Mes jeunes annees
    我が若かりし頃
  18. La Mer
    ラ・メール
  19. Douce France
    優しいフランス
  20. Y'a d'la joie
    喜びあり

   

 昨1999年で満86歳を迎えたシャンソンの巨人シャルル・トレネが、11月4日・5日・6日の三日間だけ、クラシック音楽の殿堂サル・プレイエルで行ったリサイタルのライヴ・アルバムが発売されている。リサイタルそのものについては、「サ・ガーズ」12月号掲載の渡部和夫さんのレポートをご覧いただくとして、ここではCDについて書いてみたい。
ライヴ盤の楽しさは、歌や演奏から受ける感動とか興奮だけとは限らない。ここに聴くトレネのように、「えーと、次の歌は何でしたっけ...。とにかく、まだ終わりじゃありませんからね」なんていう喋りがそっくり収録されているのも、臨場感を感じさせてくれる要素と言えるだろう。
 数え切れないほどステージに立ってきたトレネも、寄る年波には勝てないのかな、と思う。こんなところを見せるからといって、いささかも彼を責める気にはならない。時折、辛そうな声になることもあるけれど、歌い始めればしっかりしているのだし、大切な持ち味である、太陽みたいな明るさは衰えてはいないからだ。
 17曲目の「我が若かりし頃」を終えて、「いまのは山の歌でしたから今度は...」とトレネが言い出した途端に、誰かがすかさず声をかける。「ラ・メール!」。「そのとおり!」と受けて、海を讃えた名作を歌う。
 観客と笑いながら交わす、こうした軽妙なやりとりも、お互いの長年のいい関係を偲ばせて心楽しい。
 シャンソンとトレネのファンなら先刻ご存知の曲が並んでいる。新曲は3曲目の「情熱的な女性」のみ。これは1992年発表のアルバム《Mon ceur s’en-vole》
「僕の心は飛んで行く」(Wea4509-91248-2)収録曲。“タンペラマンタル”とは、今世紀の始め頃、思いのままに振る舞い、行く先々で物議を醸した女性のことだとトレネは語っている。ドーヴィルの街を虎を連れて歩いたというから、かなり手ごわい。
99年に新譜を出し、真新しい作品を元気に歌って見せているけれど、リサイタルには掛けていない。それらの作品はまだ歌い込んでいないから選ばなかったのだろうか。
 「きみの手をとって」(13)は、兵役中に彼に会いに来た女の子と田園でデートしたことをもとにしたそうだ。もうひとつ、この歌はセルジュ・ゲンズブール Serge Gainsbourgのお気に入りだったと話している。へえ、あのゲンズブールがこんなナイーヴな曲が好きだったとはねえ...。でも、あの無精髭面と、良識に背を向けるふてぶてしい行動の裏に、傷つきやすい心を隠していたのもまた事実だけれども。世間の人は目につきやすい点だけを見て即断しがちなものだ。
 この歌にこんな一節がある。「僕はきみを知らない/きみは僕をまるで知らない/ふたりはさすらい人なのさ/森の娘、不良青年」。
 「ゲンズブールの思い出のために」と前置きして、トレネは歌い出す。
 51年の作品「詩人の魂」(16)にちょっと新味を付け加えている。以前の録音ではヴァイオリンによる間奏だった部分を歌っているのだ。埋もれさせてしまうのは惜しいので拙訳を掲げさせていただく。
 「ある日多分僕よりずっと後に/ある日人は歌うだろう/このメロディーを 悲しみ
をなだめたり/幸せな運命をあやしたりするために/年老いた物乞いを生かしたり/子供を眠らせたりするだろうか/春に水辺の/プレイヤーの上で回っているだろうか」。
 「優しいフランス」(19)では、一瞬「あれ」と思わせる箇所がある。途中で“Et puis,et puis...”「それから、それから...」と繰り返し、歌詞が止まってしまうのだ。ところが、すかさずこう言う。「それから、ひとつアイディアがあります。プレイエルのお客様は音楽に造詣が深い方たちばかりですからご一緒に歌いましょう、簡単な歌です」。観客もすぐに反応し、トレネの歌唱指導に合わせて「ドゥースフランス〜」と楽しそうに声を出す。
 失敗になりかねなかったところを、機転をきかせたこのとっさの判断で反対に、会場とトレネの思いがけない和やかな交流の機会としてしまった。さすがは大御所の貫録とでも言おうか。聴いているこちらまで乗せられそうになる。
 戦前から活動を始めていまも現役で歌っているシンガー・ソングライターはトレネしかいない。さらに長生きして楽しいシャンソンの数々を聴かせてほしいものだ。

   


 

 

「トゥイスト・アゲイン・オ・シネ vol.2」

 MSI9705

   

 1960年代後半から70年代にかけての映画主題歌が集められているのだが、カヴァー・ヴァージョンを歌っているフランスのシンガーの顔触れが多彩だ。いずれも、このアルバムでしか聴くことのできない人たちばかり。原曲とはひと味違ったフィーリングが楽しめる。
 サッシャ・ディステル「雨にぬれても」。ダリダ「ゴッドファーザー」。シャルル・アズナヴール「エトルタの浜辺」。ミッシェル・フュガン&ビッグ・バザール「いい奴ら、悪い奴ら」。カトリーヌ・ドヌーヴ&ベルナデット・ラフォン「ジグ・ジグ」。レ・パリジエンヌ「アヴァンテュール」。リュッキー・ブロンド「007ハ二度死ぬ」。ニコレッタ「閉じた雨戸」。イザベル・オーブレとイル・ド・フランス、アニエール少年合唱団「クリスマス・ツリー」(「女王陛下の007」より)他全28曲。