ワールド・ミュージックと、アコーディオンを使ったポピュラー音楽のミュゼットとの結びつきを象徴するタイトルから察しがつくとおりの、明るいディスク。のびのびした発想から、こんなに楽しい音楽が生まれた。
中心人物はロバート・クラムRobert Crumbというアメリカ人で、1970年代のアンダーグラウンド・コミックスの大物。ジャニス・ジョプリンの「チープ・スリルズ」など50枚ほどレコード・ジャケットも手がけている。
彼はまた1920・30年代の音楽に通じており、78回転レコード(SP盤)コレクターでもあって、パリの蚤の市で掘り出し物を求めて歩いているそうだ。そんなクラムが、ある日、もうひとりのコレクター、ドミニク・クラヴィックDominique Cravicと出会う。こちらはジャズ、ブルースギタリスト。で、バンド結成。これまでに2枚のディスクをリリースしている。フランス南西部のアングーレームで毎年行われる国際漫画フェスティヴァルが、今年は1月27日から30日まで開催された。2000年度の名誉プレジデントを務めたロバート・クラムは会期中の28日にこのアルバムを発表。当日、同地のフェスティヴァルホールでコンサートも行ったという。
グループ名のレ・プリミティフ・デュ・フュテュールを直訳すると「未来の原始人たち」。聴き進むうちに、この矛盾したネーミングの意味がわかってくる。
解説を載せたブックレットがCDケースに貼り付けてある。広げてみると、ページを切らずに折りたたんでケースに収まるようにしてある。そう、アコーディオンの蛇腹を模しているのだ。こんな事ですぐ僕は嬉しくなってしまう。だって、“未来の原始人たち”の遊び心がストレートに伝わって来るし、きっと全篇こうした楽しさに満ちているんだろうな、と予想させてくれるから。
冒頭の「フォックス・ミュゼット」からすでに、参加ミュージシャンたちの笑顔が目に浮かぶようだ。それぞれにお得意の楽器を手に集まり、心の赴くままに演奏するジャム・セッションの雰囲気がまず耳を襲う。これなら、このアルバムとつきあえそうだぞ。
「こんちは、78回転盤ありますか」と、米語アクセント丸出しのフランス語で始まる2曲目は、サン・トゥーアンの蚤の市を漁るロバート・クラムの紹介になっている。「彼こそ蓄音機の王/脱帽さ べベール/アメリカ人のなかで最もフランス的な男よ」。モニック・ユテールMonique Hutterがルフランを歌う。
3曲目のタイトルもシャレが利いている。“C'est la goutte d'or qui fait deborder la valse”をそのまま訳せば「黄金のしずくがワルツを溢れ出させる」。が、これは熟語表現をもじったもの。もとは“C est la goutte d'eau qui fait deborder la vase“ で、「水のひとしずくが甕を溢れさせる」=「これで堪忍袋の緒が切れた」の意味。単語の入れ替えで思いがけない言い回しを作り出している。M.エル=ヤジド・バアズイM.El Yazid Baaziが弾くアラブの弦楽器ウード・リュートのイントロで始まり、ダニエル・コランDaniel Colinのアコーディオンが後を受け、小気味良いスタッカートを聴かせる。途中から緩やかになるテンポに乗ったメロディーも心地良い。
ロバートは「スカッティン・ザ・ブルース」(4)、「ラ・ジャヴァ・ヴィエノワーズ」(7)などではマンドリンを演奏している。また、「耐えがたい優しさ」(8)、「愛のワルツ」(10)ではバンジョーの腕を披露する、持ち替えミュージシャンでもある。多才っていいな…。
相棒のドミニク・クラヴィックのヴォーカルは「呪われた夜」(4)、「キッド・チョコラ」(9)、「デザコール・マヌーシュ」(14)などで、自身の弾くギターとともに聴ける。ライナー・ノートを書いたパスカル・アンクティユPascal Anquetilはドミニクについてこう表現する。「的確で汚れない声は響きにおいてはジャック・デュトロンJacques Dutronc,フレージングにおいては“若き”ゲンズブールGainsbourgとの間で均衡を取っている」。なるほど、そんな感じがする。
参加メンバーの顔ぶれも様々なら、曲調も多岐にわたっている。ダニエル・ユックDaniel Huckはあちこちでスキャットによってジャジーなムードを醸し出す一方で、「ラ・ジャヴァ・ヴィエノワーズ」(7)では女性シンガー、イザベル・ヴァンデルIsabelle Vandelとジャヴァを軽々と歌う。ルンバ(9)もあれば、ブルース(5)(13)もある。アコーディオンはどんな音楽にも見事にフィットして快い。
5,6年ほど前「パリ・ミュゼット」が話題になった頃、このムーヴメントの中心的な役割をになったのは、アコーディオンについての著書もあるディディエ・ルーサンDidier Roussinだった。いま、彼はこの世にはいない。
アルバムの最後に彼を偲ぶ曲がある。「ラスト・ミュゼット」。ダニエル・コランとファビエンヌ・ドンダールFabienne Dondardによるアコーディオンの他、ギター(ドミニク)、バンジョー(ロバート)、アルト・サックス(ダニエル)、クラリネット(マルク・リシャール Marc Richard)、バス・クラリネット(ベルトラン・オージェBertra-nd Auger)、ヴァイブ(ジャン=ミッシェル・ダヴィ Jean-Michel Davis)、“ジャズ”(ロベール・サンティアゴRobert Santiago)などが、友情の調べを奏でる。特筆すべきは、フェイ・ロヴスキイーFay Lovskyがノコギリで演奏する哀切なメロディー。そこに、アコーディオンにお株を取られるまで、本来“ミュゼット”と言えばこの楽器を指したキャブレットの音色が、ミッシェル・エスブランMichel Esblinによって加えられ、このアルバムはさらに奥行きを増した。
いろいろな音楽と融合しながらも、パリの街の雰囲気や香りがやはりどこからか立ち昇ってくる「ワールド・ミュゼット」。 ミュゼット音楽の“前方への回帰”とも言うべきこのディスク、とにかく滅法楽しいこと請け合いだ。陽気な未来の原始人たちに乾杯!
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