有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若きミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
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月刊「サ・ガーズ」 2000年4月号

     

Les Primitifs du Futur
≪World Musette≫
SKE 333012(輸入盤)

〈曲目〉

  1. Fox musette
    フォックス・ミュゼット
  2. Portrait d'un 78 tard
    78回転野郎のポートレート
  3. C'est la goutte d'or qui fait deborder la valse(valse orientale)
    溢れ出すワルツ(オリエンタル・ワルツ)
  4. Maldita noche(La danseuse au pied bot)
    呪われた夜(内反足の女性ダンサー)
  5. Scattin' the Blues
    スカッティン・ザ・ブルース
  6. Chanson pour Louise Brooks
    ルイーズ・ブルックスの歌
    Je n'ai qu'un amour c'est toi
    恋人はあなただけ
  7. La java viennoise (Louis le gambilleur et la fille de Dr.Freud)
    ラ・ジャヴァ・ヴィエノワーズ(激しい踊り手ルイとフロイト博士の娘)
  8. Cruelle tendresse
    耐えがたい優しさ
  9. Kid Chocolat
    キッド・チョコラ
  10. Valse d'amour
    愛のワルツ
  11. La valse chinoise
    ラ・ヴァルス・シノワーズ
  12. Reve secret
    秘められた夢
  13. Le blues de dix-neuf heures trente(L'Harmo qui venait d'Orly)
    19時30分のブルース(オルリーから来たラルモ)
  14. Desaccord Manouche
    デザコール・マヌーシュ
  15. Le dernier musette
    ラスト・ミュゼット
 

 ワールド・ミュージックと、アコーディオンを使ったポピュラー音楽のミュゼットとの結びつきを象徴するタイトルから察しがつくとおりの、明るいディスク。のびのびした発想から、こんなに楽しい音楽が生まれた。
 中心人物はロバート・クラムRobert Crumbというアメリカ人で、1970年代のアンダーグラウンド・コミックスの大物。ジャニス・ジョプリンの「チープ・スリルズ」など50枚ほどレコード・ジャケットも手がけている。
 彼はまた1920・30年代の音楽に通じており、78回転レコード(SP盤)コレクターでもあって、パリの蚤の市で掘り出し物を求めて歩いているそうだ。そんなクラムが、ある日、もうひとりのコレクター、ドミニク・クラヴィックDominique Cravicと出会う。こちらはジャズ、ブルースギタリスト。で、バンド結成。これまでに2枚のディスクをリリースしている。フランス南西部のアングーレームで毎年行われる国際漫画フェスティヴァルが、今年は1月27日から30日まで開催された。2000年度の名誉プレジデントを務めたロバート・クラムは会期中の28日にこのアルバムを発表。当日、同地のフェスティヴァルホールでコンサートも行ったという。
 グループ名のレ・プリミティフ・デュ・フュテュールを直訳すると「未来の原始人たち」。聴き進むうちに、この矛盾したネーミングの意味がわかってくる。
 解説を載せたブックレットがCDケースに貼り付けてある。広げてみると、ページを切らずに折りたたんでケースに収まるようにしてある。そう、アコーディオンの蛇腹を模しているのだ。こんな事ですぐ僕は嬉しくなってしまう。だって、“未来の原始人たち”の遊び心がストレートに伝わって来るし、きっと全篇こうした楽しさに満ちているんだろうな、と予想させてくれるから。
 冒頭の「フォックス・ミュゼット」からすでに、参加ミュージシャンたちの笑顔が目に浮かぶようだ。それぞれにお得意の楽器を手に集まり、心の赴くままに演奏するジャム・セッションの雰囲気がまず耳を襲う。これなら、このアルバムとつきあえそうだぞ。
 「こんちは、78回転盤ありますか」と、米語アクセント丸出しのフランス語で始まる2曲目は、サン・トゥーアンの蚤の市を漁るロバート・クラムの紹介になっている。「彼こそ蓄音機の王/脱帽さ べベール/アメリカ人のなかで最もフランス的な男よ」。モニック・ユテールMonique Hutterがルフランを歌う。
 3曲目のタイトルもシャレが利いている。“C'est la goutte d'or qui fait deborder la valse”をそのまま訳せば「黄金のしずくがワルツを溢れ出させる」。が、これは熟語表現をもじったもの。もとは“C est la goutte d'eau qui fait deborder la vase“ で、「水のひとしずくが甕を溢れさせる」=「これで堪忍袋の緒が切れた」の意味。単語の入れ替えで思いがけない言い回しを作り出している。M.エル=ヤジド・バアズイM.El Yazid Baaziが弾くアラブの弦楽器ウード・リュートのイントロで始まり、ダニエル・コランDaniel Colinのアコーディオンが後を受け、小気味良いスタッカートを聴かせる。途中から緩やかになるテンポに乗ったメロディーも心地良い。
 ロバートは「スカッティン・ザ・ブルース」(4)、「ラ・ジャヴァ・ヴィエノワーズ」(7)などではマンドリンを演奏している。また、「耐えがたい優しさ」(8)、「愛のワルツ」(10)ではバンジョーの腕を披露する、持ち替えミュージシャンでもある。多才っていいな…。
 相棒のドミニク・クラヴィックのヴォーカルは「呪われた夜」(4)、「キッド・チョコラ」(9)、「デザコール・マヌーシュ」(14)などで、自身の弾くギターとともに聴ける。ライナー・ノートを書いたパスカル・アンクティユPascal Anquetilはドミニクについてこう表現する。「的確で汚れない声は響きにおいてはジャック・デュトロンJacques Dutronc,フレージングにおいては“若き”ゲンズブールGainsbourgとの間で均衡を取っている」。なるほど、そんな感じがする。
 参加メンバーの顔ぶれも様々なら、曲調も多岐にわたっている。ダニエル・ユックDaniel Huckはあちこちでスキャットによってジャジーなムードを醸し出す一方で、「ラ・ジャヴァ・ヴィエノワーズ」(7)では女性シンガー、イザベル・ヴァンデルIsabelle Vandelとジャヴァを軽々と歌う。ルンバ(9)もあれば、ブルース(5)(13)もある。アコーディオンはどんな音楽にも見事にフィットして快い。
 5,6年ほど前「パリ・ミュゼット」が話題になった頃、このムーヴメントの中心的な役割をになったのは、アコーディオンについての著書もあるディディエ・ルーサンDidier Roussinだった。いま、彼はこの世にはいない。
 アルバムの最後に彼を偲ぶ曲がある。「ラスト・ミュゼット」。ダニエル・コランとファビエンヌ・ドンダールFabienne Dondardによるアコーディオンの他、ギター(ドミニク)、バンジョー(ロバート)、アルト・サックス(ダニエル)、クラリネット(マルク・リシャール Marc Richard)、バス・クラリネット(ベルトラン・オージェBertra-nd Auger)、ヴァイブ(ジャン=ミッシェル・ダヴィ Jean-Michel Davis)、“ジャズ”(ロベール・サンティアゴRobert Santiago)などが、友情の調べを奏でる。特筆すべきは、フェイ・ロヴスキイーFay Lovskyがノコギリで演奏する哀切なメロディー。そこに、アコーディオンにお株を取られるまで、本来“ミュゼット”と言えばこの楽器を指したキャブレットの音色が、ミッシェル・エスブランMichel Esblinによって加えられ、このアルバムはさらに奥行きを増した。
 いろいろな音楽と融合しながらも、パリの街の雰囲気や香りがやはりどこからか立ち昇ってくる「ワールド・ミュゼット」。 ミュゼット音楽の“前方への回帰”とも言うべきこのディスク、とにかく滅法楽しいこと請け合いだ。陽気な未来の原始人たちに乾杯!

   


 

 

 
淡谷のり子
『私の好きな歌』
mes cheres chansons Noriko Awaya Victor Recordings 1951-1959
(ビクター VICG-60271 60273)

DISC-1「泣き濡れしシャンソン」
(歌姫、戦後を歌う 50年代の流行歌集)

DISC-2「聞かせてよあまい言葉」
(私の好きな巴里小唄 舶来音楽名唱集1)

DISC-3「アディウ」
(歌“シャンソン”とともに 舶来音楽名唱集2)

   

 正直言って、これまで淡谷のり子の歌うシャンソンやタンゴは断片的にしか聴いたことがなかった。こうしてまとめて耳を傾けると、背筋のしゃんと伸びた歌手だったことに改めて気づく。一曲一曲に惚れているのがわかる。それでいながら情緒に溺れ、流されることがない。クラシックで培った技だろうか。押し付けがましいところもない。自然体なのだ。音の流れを正確に追い、当を得た感情移入で聴く者の心に届く何かを残す。その“何か”の質で歌手の評価が自ずと決まってくるのだと思う。音楽面では佐々木俊一、塙六郎、松井八郎といった逸材に恵まれた。アコーディオニストで、後にデデ・モンマルトルと改名したアンドレ・レジャンとのコラボレーションは、歌手生活30周年のアルバムに結実した。野上彰、團伊玖磨の手になる和製シャンソンの試みにも挑んだ。
 「人の気も知らないで」「聞かせてよあまい言葉を」「落葉(枯葉)」「待ちましょう」などを佐伯孝夫。「ブルー・ベルベット」「マイ・ショール」「セプテンバー・ソング」などを井田誠一。「小雨降る径」「愛の讃歌」などを坂口淳がそれぞれ味わい深い日本語に移し替えている。一流の才能たちに囲まれて思う存分に力を発揮した淡谷のり子もまた、まぎれもなく一流のディーヴァだった。