有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若いミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
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月刊「サ・ガーズ」 2000年10月号

 

《50ans de chanson
 francaise 132
 grand succes》

(EPM 984662 6枚組・輸入盤 )
「シャンソンの50年 大ヒット132曲」

   

〈曲目〉 各ディスクともタイトル・歌手名の順に表記

DISQUE 1

  • Ca c'est Paris サ・セ・パリ Mistinguett ミスタンゲット
  • Valentine ヴァランティーヌ Maurice Chevalier モーリス・シュヴァリエ
  • Lilas blancs 白いリラ Felix Mayol フェリックス・マイヨール
  • La plus bath des java Georgius 最高に素晴らしいジャヴァ
  • Quand refleuriront les lilas blancs リラの花咲く頃 Gesky ジェス キー
    他全22曲

DISQUE 2

  • J'ai deux amours二つの愛 Josephine Baker ジョセフィン・ベー カー
  • Parlez-moi d'amour 聞かせてよ愛の言葉を Lucienne Boyer リュシエ ンヌ・ボワイエ
  • Vous qui passez sans me voir 去りゆく君 Jean Sablon ジャン・サブロン
  • La java bleue 青色のジャヴァ Frehel フレエル
  • On n'a pas toujours vingt ans はかない青春 Berthe Sylva ベルト・シルヴァ
    他全22曲

DISQUE 3

  • L'accordeoniste アコーディオン弾き Edith Piaf エディット・ピアフ
  • Paradis perdu 失楽園 Marie Jose マリー・ジョゼ
  • Le premier rendez-vous 初めてのランデヴー Danielle Darieuxダニエル・ダリュー
  • Que reste-t-il de nos amours 残されし恋には Charles Trenetシャルル・トレネ
  • Nuages ヌァージュLucienne Delyle リュシエンヌ・ドリール
    他全22曲

DISQUE 4

  • Le chant des partisans パルチザンの歌 Germaine Sablon ジェルメーヌ・サブロン
  • Mon coeur est un violon 私の心はヴァイオリン Lucienne Boyer リュシエンヌ・ボワイエ
  • Insensiblement 知らず知らずに Renee Lebas ルネ・ルバ
  • Ah! le petit vin blanc ああ、白い葡萄酒 Lina Margy リナ・マルジ
  • La belle de Cadixカディスの美女 Luis Marianoルイス・マリアーノ
    他全22曲

DISQUE 5

  • Luna Park ルナ・パーク Yves Montand イヴ・モンタン
  • Quad allon-nous nous marier いつ結婚しましょう Georges Ulmer
  • La vie en rose バラ色の人生 Edith Piaf エディット・ピアフ
  • ivine melodie 崇高なるメロディー Pierre Malar ピエール・マラール
  • Chacun son bonheur トゥー・イーチ・ヒズ・オウン Les Soeurs Etienne レ・スール・エティエンヌ
    他全22曲

DISQUE 6

  • Embrasse-moi 私を抱いて Aime Barelli
  • Mademoiselle de Paris パリのお嬢さん Jacqueline Francois ジャクリーヌ・フランソワ
  • Ma cabane au Canada カナダの私の小屋 Line Renaud リーヌ・ルノー
  • Bolero ボレロ Georges Guetary ジョルジュ・ゲタリー
  • Le feutre taupe 破れた帽子 Roche & Aznavour ロッシュ&アズナヴール
    他全22曲

   


   

 小誌6月号の表紙を飾った《50ans d'accordeon》「アコーディオンの50年」(EPM-984972)の姉妹盤。6枚組で132曲入っているのだから、お得とも言えるだろう。

 添えられているリーフレットを見るとこう書いてある。「1888年から1948年までに作詞・作曲され、1920年から1948年までに78回転盤に録音されたシャンソンを収録」。単純計算で1948年から1888年を引くと60年になるから、タイトルにある年数より10年分儲かった、と考えるのもいい。1948年までというのでは今世紀の半分にしかならないから、続きを期待したくなる。

 シャンソン史上に名の残る歌手たちが多く並んでいる。大部分が第二次世界大戦前から歌い始めた人たちだ。豪華な顔ぶれだな、と思う。彼らのキャリアの詳細については、薮内久氏の著書「シャンソンのアーティストたち」(松本工房刊)を参照することをおすすめして、ここでは触れないことにしたい。

 オリジナル盤を見つけようにもまず不可能といっていい、そんな歌手たちの歌声が収められているから、なかなか得難いアルバムと言える。各アルバムの注目アーティストを挙げてみよう。

   


   

 ディスク1はまず、ミスタンゲット Mistingeutt(1873〜1956)の「サ・セ・パリ」から始まる。パソ・ドブレのリズムに乗った、軽快なパリ讃歌だ。彼女のミュージックホールの内外で公私にわたってコンビだったモーリス・シュヴァリエ Maurice Chevalier(1888〜1972)がすぐ後に続く構成。ちょっとコミカルな「ヴァランティーヌ」が収められている。このアルバムの編成をした人はシュヴァリエに思い入れがあるらしく、他に何曲か彼のシャンソンを入れている。

 フェリックス・マイヨール Felix Mayol(1872 〜1941)。1895年にコンセール・パリジャンで活動を開始したマイヨールは、バナナのような形の前髪、上着の胸のボタンには白い鈴蘭の花を挿してステージに立った。ジャンル的には“シャントゥール・ド・シャルム・コミック”"chanteur de charme comique" に属する。シャントゥール・ド・シャルム(魅惑の歌手)といわれるだけあってきれいな声の持ち主で、さらに面白おかしいパフォーマンスも見せたからこう分類される。1920年の日付を持つこの「白いリラ」も貴重な録音だ。

   


   

 ディスク2。1930年に創設されたディスク大賞を射止めたリュシエンヌ・ボワイエ Lucienne Boyer(1903〜83) の「聞かせてよ愛の言葉を」((「甘い言葉を」という邦題もある)はやはりこの手のコンピレーションには欠かせない選曲だろう。

 ディスク1にも入っていたベルト・シルヴァBerthe Sylva (1885〜1945)も忘れられない。1000曲以上のシャンソンを歌い、78回転盤を255枚出したという。最盛期には一日に1000枚のディスクが売れたとも言われている。1979年に行われた、「フランス人の好きなシャンソン」というアンケートで、彼女が歌った「白いバラ」がトップの座を占めた。白バラを抱えて病院に駆けつけた少年を待っていたの、母親の死の知らせだった、という内容に涙するフランス人が多かったのだ。1975年にCBS(当時)がシルヴァのコンピレーション・アルバムを出したところ、同社」に一通の手紙が来た。南フランスの興行主が、彼女のコンサートを行う際の条件を尋ねるものだったという。彼女はその30年前に他界していたのに…。それを知らなかった興行主を笑うのはたやすい。でも、現役の歌手かと思わせるほど、ディスクからでもシルヴァの圧倒的な存在感が伝わったというのは、やはりすごい事ではないだろうか。

   


   

 ディスク3。エディット・ピアフ Edith Piaf(1915〜63)はディスク2に「私の兵隊さん」で登場しているが、ここでは冒頭に「アコーディオン弾き」、続いて「それは祭りの日だった」の2曲が収録されている。1940年代初頭の録音だ。

 フランス人の父、スペイン人の母から生まれたマリー=ジョゼ Marie-Jose(1916〜)の歌声も珍しい。どこかエキゾティックな雰囲気が漂っている。

 シャルル・トレネ Charles Trenet(1913〜)もディスク2から顔を見せているが、ここでは英語ヴァージョンにまでなった名曲「残されし恋には」他2曲が聴ける。いよいよ彼の活躍がめざましくなる頃の作品たちだ。

 活動時期が第二次世界大戦と重なってしまったリュシエンヌ・ドリールLucienne Delyle(1917〜1962)が、ジャンゴ・ラインハルト作曲になる「ヌュアージュ」を歌っているのも興味深い。

   


   

 ディスク4は、フランスで初めてマイクを使って歌い始めたクルーナー、ジャン・サブロン Jean Sablon(1906〜94)の姉、ジェルメーヌ・サブロン Germaine Sabon(1899〜1985)で始まる。彼女の名は、何といってもこの「パルティザンの歌」とともに記憶され続けるだろう。彼女自身がレジスタンス活動に身を投じていただけに現実味があるというものだ。

 リュシエンヌ・ボワイエガ「私の心はヴィオリン」で聴かせる甘い歌声もいいけれど、ルネ・ルバ Renee Lebas(1917〜)の歌う「知らず知らずに」は、ディスク5収録の「いとしき人いずこ」とともに味わい深い。この人も知性と感性のバランスの良い歌い方が際立っている。

 ジャン・ドレジャックが作詞し、シャルル・ボレル=クレールが作曲した「ああ、白い葡萄酒」も、創唱者のリナ・マルジ Lina Margy(1914〜73)のヴォーカルで聴くことができる。戦争が終わり、パリが解放された時にヒットしたシャンソンだ。マルジの声はディスク6「さあ、おばあちゃん踊りましょう」で聴ける。このシャンソンは1979年にシャンタル・ゴヤ Chantal Goya(1946〜)によって再び取り上げられた 。

   


   

 ディスク5の「ルナ・パーク」「闘うジョー」で聴くイヴ・モンタン Yves Montand(1921〜91)は驚くほど若い。この後、ジョルジュ・ユルメールGeorges Ulmer(1919〜89)の「いつ結婚しましょう」が来る。モンタンもユルメールもカウボーイ姿で歌っていたことがあるので、この配置は面白い。次がピアフの「バラ色の人生」。モンタンを世に出すため、好きな酒を絶ってまで力を注いだピアフ。が、二人の仲は長くは続かなかった。だから、「闘うジョー」からここまで3曲の配列は、彼らの事を少し知っているとうなずける。小技のきいた曲の並べ方になっていると言えよう。このシリーズの編成担当者は時々こういう遊び心を見せるのが楽しい。

 ディスク5ではさらに、モンタンと同じくピアフの目に止まったピエール・マラール Pierre Malar(1924〜)の美声による「崇高なるメロディー」、戦後に輝かしい活躍をしたデュエティスト、オデット Odette とルイーズの姉妹レ・スール・エティエンヌ Les Soeur Etiennne のスウィング感あるヴォーカルも一聴に値する。

   


   

 ディスク6にもトレネのシャンソンが2曲収められている。「優しいフランス」と「フランス・ディマンシュ」。戦争の傷痕を癒す歌声だったものと思われる。リュシエンヌ・ドリールの伴奏者であり、作曲家で後に夫になったエメ・バレリが歌う「私を抱いて」も珍しい。これはドリールのレパートリーでもあった。

 1948年の録音という日付を持つピアフの「パリの恋人たち」は、歌手として成功する前にレオ・フェレ Leo Ferre(1916〜93)が、エディ・マルネ Eddie Marnay の歌詞に曲をつけたもの。ピアフと対照的な声の持ち主、ジャクリーヌ・フランソワ Jacqueline Francois (1922〜)の代名詞ともなった「パリのお嬢さん」が後に続く。彼女は56年に「ポルトガルの洗濯女」でアカデミー・デュ・ディスクのグランプリを受賞するのだが、“1920年から1948年までに78回転盤に録音されたシャンソン”という、このアルバムの条件に当てはまらないので収められていない。

 ジャクリーヌの友人だったピエール・ロッシュ Pierre Roche(1919〜)とシャルル・アズナヴール Charles Aznavour(1924〜)はデュエットを組む。前者が作曲し、後者が作詞するという役割分担のデュエティスト、ロッシュとアズナヴール。言葉遊びとオノマトペが面白く、戦後すぐのヒットとなった「破れた帽子」は彼らの代表曲。二人はピアフに注目され、アメリカ公演に連れて行かれるが、帰国後にグループを解消した。が、その後もロッシュは「5月のパリが好き」などの曲を書いたりして、アズナヴールに協力している。

 多種多様なシャンソンの魅力が、これでもかといわんばかりに詰まった6枚組。