有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若きミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
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月刊「サ・ガーズ」 2001年2月号

 

Michel Sardou
《Francais》
ミッシェル・サルドゥー
『フランス人たち』
(trema 710787)

〈曲目〉(邦題は仮の訳です)

  1. Francais
    フランス人たち
  2. On se reverra
    また会うだろう
  3. L'avenir c'est toujours demain
    未来、それはいつも明日
  4. Corcica
    コルシカ
  5. Je n'aurai pas le temps
    僕には時間がない
  6. La bataille
    戦い
  7. Pense a l'Italie
    イタリアを想え
  8. Parlez-moi d'elle
    彼女のことを話して
  9. L'Amerique de mes dix ans
    10歳の頃のアメリカ
  10. Cette chanson-la
    この歌

   

 昨年12月に出た、このアルバム・ジャケットを見て意外に思った。ミッシェル・サルドゥーが微笑んでいる!これまで、笑顔の写真を見かけたことがなかった。まるで、昔の日本の武士みたいに引き締まった顔ばかりを見せてきた。威圧的ではないにしても、こちらを射すくめるようなまなざし。ちょっととっつきにくい印象を持っていた。が、かすかにではあるけれど、ここで彼は確かに微笑んでいる。1947年1月26日生まれだから、54歳になったばかり。そろそろシンガーとして、人間として円熟の息に達したからだろうか。

 歌のうまさにはデビュー当時から定評がある。声量、音程、緩急・メリハリなどのテクニック、どれをとっても文句のつけようがない。親しみやすい「舞踏会」(70年)や「ブロードウェイのジャヴァ」(77年)、「歌いながら」(78年)。激しい愛の姿を描いた「恋のやまい」(73年)、「愛の叫び」(75年)…耳からスッと心に入って来るメロディーの数々は多くのフランス人を熱狂させた。僕自身、そのいくつかを大学時代に聴き、口ずさんだ覚えがある。

 子育てを終えた妻に夫が「これからは自分たちのことを考えて暮らそう、旅に出よう」と語りかける 「老夫婦」(76年)。この曲を好んでレパートリーに取り上げている日本のシャンソン歌手も少なくない。また、両親を 愛しながらも家を出て行こうとする若者の心を歌った「僕は飛び立つ」(78年)なども忘れられない。

 しかし、サルドゥーに対して僕はずっとある種のためらいをも感じていた。彼は自ら書く歌詞を通して思い切った考えを発表し続け、フランス社会で物議を醸してきたのもまた事実だから。簡単にいってしまえば、サルドゥーは熱烈な愛国者で、その思想は反動的なのだ。恋とワインに明け暮れているといった、世界中の人々がフランス人に対して持っている偏ったイメージに対して軽く“ノン”を打ち出した「僕はフランス人」(70年)でアカデミー・シャルル・クロ大賞を獲得、なんていう頃はまだのんきなものだった。

 児童を誘拐後、殺害したパトリック・アンリ事件が起きた1976年、「憎しみの果てに」という歌のなかでサルドゥーは明確に態度表明をする。死刑廃止へと世論が動いている時にもかかわらず、彼は子供を殺された父親になり代わって犯人に向かい、「殺してやる」と歌ったのだ。アンチ・サルドゥー委員会までできて、議論沸騰。翌年に発表した「植民地時代」も時代の流れに逆らう内容で、さらに議論百出。「会場に爆弾を仕掛けるぞ」などの脅しがかかり、コンサート中止の憂き目にも遭った。「ウラジミール・イリッチ」(83年)、「二つの学校」(84年)「イスラム教徒」(86年これは教徒たちから好意的に受け止められたが…)etc. 以後も彼は事あるごとに個人的な信条を明らかにしてきた。そのいずれもが同じくらいの共感と反発をもって迎えられた。

 シンガーとして超一流のサルドゥーは、世間を騒がせる点においても抜きん出ているのだ。歌のうまい、ポピュレール(大衆的)な存在であるのは疑いようがないけれど、僕は彼の考えをすべて受け入れることはできない。だから、彼について語ることにためらいを覚えるのだ。

 それにしても、ジャケットの笑顔を眺めているうちにアルバム『フランス人たち』が気になってきた。何がサルドゥーを微笑ませたのだろう。

 1985年以来の盟友であるミッシェル・フュガンMIchel Fugainが芸術監督として参加、作曲にも手を貸している。彼の最初のヒットとなった「僕には時間がない」(5)(作詞はピエール・ドラノエPierre Delanoe)を、このアルバムではサルドゥーが歌っている。麗しき友情、である。

 アレンジだけでレジス・セヴィニャックRegis Sevignac(コーラス)、ジャン・ゴビネJean Gobinet( 金管楽器及びファンファーレ)、シリル・オーフォールCyrille Aufort (管弦楽アレンジ及び指揮)と3人もいる豪華な作り。

 冒頭に表題曲。バグパイプみたいなサウンドも入って賑やかだ。ルフランが簡潔で注意を惹く。「私はフランス人たちを愛している/あらゆるフランス人たちを/好きではないフランス人たちさえをも」。かつてアンチ・サルドゥー委員会を結成して彼に抗議したり、猛然と非難した人々をも愛するというのだろうか。「汝の敵を愛せよ」と教えたキリストみたいに?
 もう少し歌詞を検討してみると―。「なぜなら彼らには地獄が 別の宗教があり/家を支配しているのは妻たちだから/あらゆる思想が政治に関わってしまうとしても/彼らは共和国たらんと決意したのだから/彼らのうちのある者がこの広大な言葉を口にしたのだから/『私の自由は、あなたの自由が始まる所で終わる』」。

 フランスの国是である自由、平等、友愛の理念に立てば、これはまっとうな意見だ。肌の色や宗教の違いを越えて共存、共生していかなければならない。サルドゥーはまた、貧しい人たちに食事を配る“心のレストラン”を支援するアーティストたちが集う、レ・ザンフォワレの一員でもある。長年の活動を通じて寛大な心が養われてきたとしても不思議はない。そこに焦点を当てて、ディディエ・バルブリヴィアンDidier Barbelivienが上記の歌詞を書いたのだろう。

「人は決して選んだ事をやろうとしない/誰もが自分の人生の後ろを走っている」と言うのは3曲目の「未来、それはいつも明日」。だから「荷物をまとめ 夢見て逃げ出せ」と続く。「僕は飛び立つ」で暖かい家を飛び出た男だからこそ言えるセリフかもしれない。

 「コルシカ」(4)や「イタリアを想え」(7)の陽気で、のびやかな曲調に触れると理屈抜きに、ああ、サルドゥーにはやっぱり南の国の血が流れているな、と思う。

 愛の歌もある。男というのは不思議な動物で、別れた女性の行く末が気になったりする。8曲目の「彼女のことを話して」はそんな男心がテーマ。“彼女”の身の上を知る人に「話して/安心させてください/ 彼女はどこにいるんです?/いや、言わないでください」。気持ちは揺れ動く。うまい描写だ。知りたいと思うのは人情だ。でも、知らない方が幸せなことだって世のなかにはあるものだ。

 小品ながら、きれいなメロディー・ラインが際立っているのは「この歌」(10)。歌詞も重くないし、すぐに口ずさめそうな、そんなシンプルさがある。「人生の3分間/忘却のまっただなかで きみには聞こえるだろう/この歌 この歌 この歌が 」。

 サルドゥーの微笑の意味やは由来まだ僕にはわからない。ただひとつ言えるのは、これだけの豊かできらめきのある音楽を聴いた後で、しかめっ面ではいられないということだ。

 余談をひとつ。フランスの音楽著作権協会SACEM(サセム)が1999年に発表したアンケート調査「フランス人の音楽的嗜好」のなかで、「好きな男性歌手」としてサルドゥーを挙げた人たちのプロフィルを見てみよう。調査対象2000人のうち、彼を「好き」と答えたのは男性11%、女性13%。年齢層では35歳〜49歳が13%、50歳〜64歳が17%、65歳以上が14%となっている。

 世帯主の職業でもっとも多いのは農業で29%。改めて、生産力豊かな農業国フランスの実態を見る思いがする。続いて商工業・手工業14%。管理職・頭脳労働者5%。仲買業・サラリーマン7%。工員13%。無職・退職者16%。

 支持政党では、革新系10%(うち共産党8%、社会党11%)。エコロジスト10%。保守系15%(うちUDF=フランス民主連合12%、RPR=共和国連合16%、FN=国民戦線〈極右〉13%)。特に支持政党なしが12%。


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☆Le site officiel 公式サイトです。
http://www.sardou.com

☆所属レコード会社トレマ trema が作るサイト
http://www.michel-sardou.com

☆Le site non-officiel de M.Sardou 非公式サイト
http://www.michel-sardou.net