ヴェルムーランのヴォーカルには、オレンジマーマレード入りのビターチョコレートみたいな味わいがある。
苦味だけでもなく、甘いだけでもない。アルバム全体としては両者がほどよく混じり合っている。
声のトーンから受ける印象はビターチョコレート。渋い男の魅力を感じさせる。アイロニカルに語る際にはその苦味が、ユーモアを含んで歌う時にはほんのり甘みがより強くヴェルムーランのシャンソンにはにじみ出る。とはいえ、べったり甘くなんかない。先にオレンジマーマレードと書いた所以だ。
語るに足るストーリーをピアノを弾きながら歌い、リスナーを楽しませる。シャンソン・フランセーズの王道を行く、新しいシンガー・ソングライターの登場だ。
冒頭に置かれた「辻公園のママンたち」。パリのあちこちにはちょっとした辻公園がある。喧騒からぽつんと取り残されたような空間。サン=ジェルマン=デ=プレ教会裏、ピカソの手になるアポリネール像が置かれているのもそんな辻公園のひとつだ。
このシャンソンの主人公「僕」は、そこに子供の付き添いで出入りするママンたちに目をやる。子供たちや滑り台のせいでスカートがめくり上がり、美脚が拝めるから。
砂場でバケツにシャベルで砂をすくい入れる「僕」が考えるのは税金のこと。突然目の前にすっくと立ち上がるのは「僕の子供たちを抱きかかえた/ほんとの牝豹、ほんとの女神/ママンと呼ばれている人」。楽しいことは長続きはしないものだ。
「僕の小さなワールド・カンパニー」(2)では、CCD(期限付雇用契約)、OPA(株式公開買付)といったビジネス用語を用いながら、恋人との仲を表現するのも面白い仕方だ。最終的には別の男性が現われて人員削減を告げられ、解雇とあいなってしまう、というユーモラスなストーリー。
ル・アーヴルからアメリカを目指す大西洋横断航路の船のナイトクラブでピアノを弾く男が「ル・ピアニスト・デュ・トランザトランティック」(6)。凪いだ海、荒れ狂う海の上でピアノを引き続ける彼がほんとに望むものは、麦畑の上を駆けまわること。このピアニストにはヴェルムーラン自身の姿が二重写しになっているのだろうか。(こちらから一部試聴できます。)
新しいアーティストの鮮やかな感性が満ち溢れた、楽しいアルバム。