有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若きミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
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 ヴェルムーラン
 Vermeulun
 《Le Pianiste du
  Transatlantique》
 「ル・ピアニスト・デュ・
  トランザトランティック」

 (ル・ルウ・デュ・フォーブール LFB 080

〈曲目〉※邦題は仮の訳です。

  1. Les mamans dans les squares
     辻公園のママンたち
  2. Ma petite world company
     僕の小さなワールド・カンパニー
  3. L'aventurier du beton arme
     武装コンクリートの冒険者
  4. Une grenadine avec une paille
     藁とイチジク
  5. Le nostalgique
     ノスタルジックなもの
  6. Le Pianiste du Transatlantique
     ル・ピアニスト・デュ・
     トランザトランティック
  7. Janine et Dedee
     ジャニーヌとデデ
  8. Juste une sale journee
     汚れっちまった一日
  9. La bonne copine
     善良な女友だち
  10. Le reve erotique
     エロティックな夢
  11. Le petit tour du dimanche
     日曜日の散策
  12. La valse des non-dits
     発言されなかった事柄のワルツ
  13. Quand tu dors
     きみが眠る時
  14. La Saint Valentin
     ヴァレンタイン・デー
   

 ヴェルムーランのヴォーカルには、オレンジマーマレード入りのビターチョコレートみたいな味わいがある。
 苦味だけでもなく、甘いだけでもない。アルバム全体としては両者がほどよく混じり合っている。
 声のトーンから受ける印象はビターチョコレート。渋い男の魅力を感じさせる。アイロニカルに語る際にはその苦味が、ユーモアを含んで歌う時にはほんのり甘みがより強くヴェルムーランのシャンソンにはにじみ出る。とはいえ、べったり甘くなんかない。先にオレンジマーマレードと書いた所以だ。

 語るに足るストーリーをピアノを弾きながら歌い、リスナーを楽しませる。シャンソン・フランセーズの王道を行く、新しいシンガー・ソングライターの登場だ。

 冒頭に置かれた「辻公園のママンたち」。パリのあちこちにはちょっとした辻公園がある。喧騒からぽつんと取り残されたような空間。サン=ジェルマン=デ=プレ教会裏、ピカソの手になるアポリネール像が置かれているのもそんな辻公園のひとつだ。
 このシャンソンの主人公「僕」は、そこに子供の付き添いで出入りするママンたちに目をやる。子供たちや滑り台のせいでスカートがめくり上がり、美脚が拝めるから。
 砂場でバケツにシャベルで砂をすくい入れる「僕」が考えるのは税金のこと。突然目の前にすっくと立ち上がるのは「僕の子供たちを抱きかかえた/ほんとの牝豹、ほんとの女神/ママンと呼ばれている人」。楽しいことは長続きはしないものだ。

 「僕の小さなワールド・カンパニー」(2)では、CCD(期限付雇用契約)、OPA(株式公開買付)といったビジネス用語を用いながら、恋人との仲を表現するのも面白い仕方だ。最終的には別の男性が現われて人員削減を告げられ、解雇とあいなってしまう、というユーモラスなストーリー。

 ル・アーヴルからアメリカを目指す大西洋横断航路の船のナイトクラブでピアノを弾く男が「ル・ピアニスト・デュ・トランザトランティック」(6)。凪いだ海、荒れ狂う海の上でピアノを引き続ける彼がほんとに望むものは、麦畑の上を駆けまわること。このピアニストにはヴェルムーラン自身の姿が二重写しになっているのだろうか。(こちらから一部試聴できます。)

 新しいアーティストの鮮やかな感性が満ち溢れた、楽しいアルバム。