♪「シャンソンを貴方に…」〜シャンソン情報TV番組オンエアのご案内〜
東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)・群馬テレビ(GTV)において毎回多彩なゲストをお迎えして見ごたえのある30分番組となっています。
[出演]芦野宏/小林力(p)他 [監修]大野修平
   
☆TOKYO MXTV⇒
10月2日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:有光雅子
10月16日(木) 21h00〜21h30 再放送
11月6日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:深緑夏代
11月20日(木) 21h00〜21h30 再放送
12月4日(木) 21h00〜21h30 2003年総集編
12月18日(木) 21h00〜21h30 再放送
  ☆群馬テレビ⇒
10月8日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:有光雅子
10月15日(水) 22h00〜22h30 再放送
11月12日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:深緑夏代
11月19日(水) 22h00〜22h30 再放送
12月10日(水) 22h00〜22h30 2003年総集編
12月17日(水) 22h00〜22h30 再放送
この「修平のひとりごと」は、2ヶ月ごとに削除いたしますので、必要な方はご自分で保存してください。(管理人)
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アナログは楽し   11月28日(金)晴れ

 

 シャルル・アズナヴールのシャンソンに「昔かたぎの恋」というのがある。1972年の作品で、原題は《Les plaisirs demodes》(レ・プレジール・デモデ)。そのまま訳せば「時代遅れの楽しみ」というところだろうか。
 こんな内容だ。中年のカップルがディスコで耳を聾するような激しいリズムの音楽に包まれる。男性がパートナーに言う。「でも、私たち二人は頬と頬を寄せて踊ろうじゃないか」。アズナヴールは自分の肩に手をやり、まるで相手がいるようにゆったりしたテンポでターンしながら歌い進める。ステージで見るその姿は大人の魅力に溢れていて素敵だ。
 流行に左右されることのない自分の楽しみを見つけるって、大人の証じゃないだろうか。

 だからといって、世の流れに背を向けようなどと愚かなことを言うつもりはない。新しい傾向にも五感を働かせることは大切だ。肉体ばかりでなく、精神の動脈硬化も避けなければならない。
 それはそれとして、こう考える。流行っているからといって後先も考えずに飛びつくのではなく、自分の好みに合うものを選び取るセンスを持つのが大人というものだろう、と。

 昨日この欄で触れたアンリ・サルヴァドールはナット・キングコールとフランク・シナトラを敬愛し、彼らのスタイルを自分のものにしている。フランスで最初のロックンローラーのひとりであり、ボサノヴァにおいても先駆者だった彼は、ジャズ・フィーリングを忘れることはない。いつでも戻れる場を保っているということだ。それが心の余裕を生んでいるのだろう。

 デジタル全盛の世のなかだけれど、アナログだって捨てたもんじゃない。そう思わせる動きもある。
 試みに「アナログレコード」をキーワードにGoogleで検索してみたら、22,800件の結果を得た。
 「週刊アナログレコードニューリリース速報!!」というメールマガジンが発行されている。(http://www.otaiweb.com/melumaga/melumaga.htm )創刊されたのは2000年7月だそうだ。
 アナログレコードをリリースするアーティストが多く、ユーザーの需要も伸びているらしい。ちょいと昔に戻っているかのような面白い現象だ。若者に受けているクラブカルチャーの広がりもあるのだろう。ジャケット・デザインにおいても、サイズの大きい30センチLPの方がよりインパクトがあるのは言うまでもない。グラフィック・デザイナーだって腕の振るいがいがあろうというものだ。

 ふと20数年前を思い出す。この世界に入りたての頃、レコード会社に行っては担当ディレクター諸氏から見本盤LPを貰って帰ったものだ。狭いわが家のスペースをどんどん侵食していくLPを眺めるのは嬉しくもあり、困ったなぁとも思ったりした。
 当時はディスコブームだった。新譜を何枚も自社の袋に詰め込んで、都内のディスコに毎日のように配り歩くディレクター氏もいた。見ているだけで、ご苦労様と言いたくなった。

 アナログレコード風デザインを採用した録音用CD-Rメディアというのもある。三菱化学メディア株式会社が発売した「Phono-R(フォノアール)」シリーズ。アナログレコードをCD-Rに記録することができる。なるほど、考えたものだ。LPのあの塩化ビニールの黒い表面を生かしたデザインは、アナログ・ファンには親しみを覚えることだろうなぁ。
 すでにシャンソン・フランセーズの世界でも、たとえば1995年に発売されたシャルル・トレネの《Fais ta vie》というCDで、CDの表面をアナログレコードに見立てたデザインを施した例がある。
 CDの無機質なイメージが、こうすることで柔らかくなるように感じられる。

 もうひとつ面白い物を見つけた。「真空管式レコードプレーヤー NHP-40000」。
 作者はsei mei氏で、同氏のサイト(http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Ayame/2555/)からダウンロードできる。あくまでCDプレイヤーなのだけれど、アナログレコードやAMラジオみたいなノイズをわざわざ加えながら再生するもの。

 さっそくダウンロードしてみた。起動すると、時代物のラジオ一体型レコードプレイヤーの写真が現われる。何となくほっとする絵柄だ。再生、一時停止などの操作ボタンのついたウィンドウも出る。CDを入れると、レコードプレイヤーのターンテーブルがくるくると回転しながら、アナログらしいノイズとともに音楽が再生されるのだ。
 しかも、起動回数が多くなれば次第にノイズの音量も増してゆく。レコード針が汚れてゆく様子まで再現されているのだ。ノイズがうるさいと感じるようになったら、[針交換]ボタンを押して初期状態に戻すこともできる。この芸の細かさがユニーク。

 CDプレイヤーからは絶えて姿を消してしまった、あのスクラッチ・ノイズがたしかに聞こえる。デジタル技術でアナログ風の音を楽しむというのも妙な感じだけれど、やってみると心が和む。古めかしいレコードプレイヤーの画像を見ながら聴いていると、自然と来し方が想い起こされてくる。
 この「真空管式レコードプレーヤー NHP-40000」で、アズナヴールの「昔かたぎの恋」を再生してみた。なかなかの雰囲気だ。

 ミネラル分の入った塩が、ただ塩辛いだけの塩化ナトリウム99%の「食卓塩」とは似て非なるものであるように、アナログの音にはデジタルにはない何かがある。
 0か1かの選択を迫られるデジタルな日々に疲れを覚えたら、こういう癒しの方法もありますぞ。

   


   

アンリ・サルヴァドールが教えてくれる「道」  11月27日(木)曇り

 

 アンリ・サルヴァドールのニュー・アルバムが日本でも発売された。タイトルは『愛しい君との愛しい時間』(東芝EMI VJCP-68582)。86歳とは思えないほどのアンリ翁の声は聴きものだ。(当サイトのトップページにこの新譜の抜粋を楽しむための手引きがあるので、まだお聴きになっていない方はぜひご体験ください)
 シャルル・アズナヴールと同じように、アンリ・サルヴァドールにとっても「引退」という文字は存在しない。生涯現役というわけだ。それがかけ声だけでないことは、彼らの実績を見れば納得がいく。

 アルバムの原題は《Ma chere et tendre》。直訳すれば『愛しくて優しい女(ひと)』ということ。
 邦題では『愛しい君との愛しい時間』と、「愛しい」という形容詞があえて繰り返されている。かつて岸田国士がジュール・ルナールの小説『葡萄畑の葡萄作り』みたいだな、なんてちょっと思った。


    『愛しい君との愛しい時間』(東芝EMI VJCP-68582)

 前作《Chambre avec vue》『アンリ・サルヴァドールからの手紙』(東芝EMI VJCP-68326 )が200万枚という驚くほどのセールスを記録している。昨年にはライヴ・アルバムも出しているし、日本での公演も難なくこなした。壁にぶつかるような気分になった時、アンリ爺様のこのパワーを思い出せば、くよくよしていることがバカらしくなってくるように思える。

 いつも自分のペースで、好きなように生きているように見えるアンリ・サルヴァドール。その屈託のない生き方が羨ましい。ここまで来るにはきっと辛いことや悲しいこともあったろう。しかし、そんなことはおくびにも出さず「イツモシヅカニワラッテイル」。いや、往々にして呵々大笑しているかな。
 いずれにしても、嫌なことを笑い飛ばせるようになるにはずいぶんと修行が要りそうだ。

 アンリ・サルヴァドールについてはこんな噂がしきりだった。もっぱら南フランスのサン=ポール=ド=ヴァンスあたりでペタンク遊びに興じている、と。
 来るべき時に備えて充電の日々を送っていたということなのだろう、いま思い返せば。いずれにしても、ステージやアルバム作りを放棄するつもりなんてご本人にはまったくなかったということがいまはっきりした。長いヴァカンスで蓄えたエネルギーは『アンリ・サルヴァドールからの手紙』に結実したからだ。

 ますます意気盛んなアンリ翁の記事ががRFI Musique(ラジオ・フランス・アンテルナシオナル・ミュジーク)のサイトにある。《CHER ET TENDRE SALVADOR "Je fais ce que j'ai toujours reve de faire."》「愛しくて優しいサルヴァドール 「私はいつもしたいと夢見ることをしている」という、ロイク・ビュシエール Loic Bussiere 記者に語った言葉がまとめられている。

 同記者は名指ししてはいないが、若手アーティストがアンリ・サルヴァドールのご機嫌を損ねたようだ。別の記事を書いたジル・リオ Gilles Rio 記者の記事から、そのアーティストがバンジャマン・ビオレー Benjamin Biolay であることが分る。(《VU D'AILLEURS Novembre 2003 La revanche du troisieme age》「他の場所からの眺め 2003年11月 第三世代のリヴェンジ」参照)

 前作ではバンジャマン・ビオレー がケレン・アン Keren Ann ともども作品を提供している。ことにアルバム冒頭の「こもれびの庭に」は秀逸だ。ビオレーはシャンソン・フランセーズの新世代の旗手として自他ともに認める存在。彼らが新しい息吹きをあのCDに注ぎ込んだことは明らかだ。

 そのビオレーが「あのアルバムの爆発的ヒットは自分のおかげだ」というようなことを口走ったらしい。「サルヴァドールが復活した」とも言ったという。僕はその発言を読んだり聞いたりしていないので確かめられないけれど、アンリ爺の口ぶりから察するに、どうもそういうことのようだ。
 「復活だって、ふざけちゃいけないよ!」。彼はこのように一笑に付している。
 アンリ爺にしてみれば、チャンスをあげたのは自分の方だ、というわけ。バンジャマン君、偉大なるキャリアの持ち主に対してはしかるべき敬意を払うものだよ。

 閑話休題(それはさておき)。
 新作『愛しい君との愛しい時間』には「僕の道」《Itineraire》、「夜の道」《Les chemins de la nuit》と、道について語った歌が2曲収められている。前者はミッシェル・モド Michel Modo が歌詞を書いた。後者は詩人ベルナール・ディメ Bernard Dimay の手になるもの。
 軽やかなリズム、ゆったりとしたテンポといった曲調の違いはあるけれど、どちらにもキラリと光る歌詞がちりばめられている。たとえば「僕の道」には、こんな言葉がある。

私は陶酔をもって味わう
生まれ出る新しい毎日を
好きなことをしているのは
それは
私にはよく分っているからさ
最も美しい日は明日だということが

Je deguste avec ivresse
Chaque nouveau jour qui nait
Si je fait ce qui me plait
C'est aussi
Parce qu'au fond je suis certain
Le plus beau jour c'est demain

 急ぎ過ぎず、意味なく立ち止まることもなく明日に向かって歩き続けること。明日を信じなければならない。

 「夜の道」では、風に吹かれるまま、窓も扉もない宮殿に運ばれて行く、という歌詞が見られる。

愛が力を貸してくれるのさ
希望が挫けそうになったら
もしよければ私たちの
パンを分かち合おうじゃないか

L'amour fait ce qu'il peut
Pour l'espoir qui flanchent
Partageons si tu veux
Notre pain sur la planche

 声高らかに歌い上げるわけではないけれど、アンリ・サルヴァドールのヴォーカルは心にしみ込み、生きる力を与えてくれることが実感される。
 彼が示している「道」はあなたの道と交差するだろうか。

   


   

いいこともあれば悪いこともある  11月26日(水)晴れ

 

 いいことばかりは続かない。
 先週、エリックとヴィルジニーが来日して荻窪・東信閣で歌うイヴェントに関わることができたのは楽しかった。が、「好事魔多し」という言葉を噛みしめているところだ。

 携帯電話がストライキを起こしてしまったのだ。いや、こう書くと自分の責任を携帯電話に押しつけることになるなぁ。僕の操作ミスが原因なのは明らかなんだから。ロックがかかってしまったのだ。したがって、電話をかけようにもかけられず、かかってきた電話にも出られず、といった状態がかれこれ1週間ほど続いている。
 慌てて分厚いマニュアルに目を通す。それにしても、僕には使いこなせない機能の何と多いことよ、と嘆きながら。ははぁ、暗証番号という奴が要のようだ。購入時の初期設定となっている番号を入力してもロックが外れない。はて、どんな番号を自分で設定したっけ? まったく思い出せない。デタラメな番号を入れてみるけれど、鍵のマークは画面から消えてくれない。

 それにしても、ポケットのなかに入れておいただけなのに(本人はそのつもり)、どうしてこんなことになるのかさっぱり分らない。何てこった。文明の利器ってものは時に便利じゃなくなるもんだな、などと悪態のひとつもつきたくなる。
 どうやらNTTドコモの営業所まで、問題の携帯電話を持って行かなければならないらしい。ドコモと言ったって、営業所はどこにでもあるわけじゃない。自動車を持たない身には、そこまで行くのだって楽じゃないんだから。ああ、面倒だなぁ…。
 そんなことばかり言ってられない事態が目の前にある。

 ひと仕事終わり、次の仕事が控えている。本来はそっちを先に片づけておかなければならなかったんだけれど、結局後まわしにしていた。
 白水社の雑誌『ふらんす』の「フランス語と私」という巻頭エッセイに一文を寄せることになっていた。フランス語に関わるいろいろな立場の人が持ちまわりで書いているもの。指名を受けるのは光栄なこと、と喜んで引き受けた。「締め切りまで1カ月以上ある」なんて思っていたら、あっと言う間に時は流れ去った。

 送られて来た『ふらんす』12月号の当該ページを開いてみる。アテネ・フランセで教鞭を執っておられる松本悦治氏が今号の執筆者。記事末尾にはいつも次回の執筆者の名前が載る。僕の名前がそこにあった。逃げるつもりは毛頭ないけれど、切羽詰った気持ちにはなった。
 書こうと思う事柄はすでに頭のなかにある。後はそれをアウトプットするだけ。一気呵成に仕上げ、メールで編集担当のKさんに送ったのは昨日の朝。本来の締め切りを過ぎてしまい、申し訳なく思っている。

 続いては『シャンソンで覚えるフランス語』(第三書房)の第2集。全8曲はすでに決まっており、対訳は渡してある。その解説原稿を書かなければならない。
 たった8曲くらいすぐに書けるだろう、と思うのは素人の何とやら。これまでに解説したことのある曲であっても調べ直してから書く。新しい資料から得た情報があれば加える。ひょっとしたら、この本をきっかけに初めてシャンソン・フランセーズに触れる読者だっているかもしれない。そういう人たちにシャンソンの楽しさを何とか伝えたい。そんな気持ちを常に持っている。そう思うと手を抜くことなんかできない。
 とりあえず渡せる分だけは今朝ほどメールで送稿した。まだ調べが足りない分があるので、その旨お詫びを書き添えた。

 さらに、まったく別の本の企画がある。これを出版社に売り込んでみようと思っている。受け入れられるかどうかは分らない。一社ですぐ決まるとも限らない。が、未知なる部分があるからこそ、やりがいがあって面白い。自分の考えたアイディアが採用されるというのは嬉しいものだ。何しろ、これまでなかったものを創り出すのだからわくわくする。

 思い切り身体を動かす1週間が過ぎ、いまは頭脳をフル回転する時だ。動と静。それらが海辺に押し寄せる波のように僕の人生にやって来る。その繰返しのうちに、気がつくと1年が経っている。

 先日、51歳の誕生日を迎えた。これといって感慨も浮かばないことが年を取った証なんだろうか。少なくとも、嫌な感じはしない。来る者は拒まず、だ。寄る年波には寄らせておけばいい。
 家族で集まって食事をした。それぞれに仕事を持つ身となり、夕餉の食卓を囲むということもなかなかしにくくなっている。

 久しぶりに息子もやって来た。手にはワインのボトルを提げていた。「親父のプレゼントは特に考えなくてもいいから楽だよな」と言いながら、それを僕に渡す。「何だ、ボージョレ・ヌーヴォーならもう飲んだぞ」。照れ臭い親父はそんなことを口走った。ほんとは嬉しいのだけれど、素直に感謝の気持ちを口に出せない。
 開けてみたらシャトー・レスカドル。コート・ド・ブライの産だった。まだ若いけれど爽やかな飲み口だ。息子もこうなってほしいな、などと思いながらグラスを重ねるうちにいつの間にかボトルは空になっていた。

   


   

いつも感じること   11月25日(月)雨

 

 ひとつの仕事が終わった。今年もフランスからやって来たエリックとヴィルジニーが、荻窪・東信閣のイヴェント、オータム・ディナーショーで歌い、帰国したのだ。
 いつも感じることながら、ひと仕事が終わると一抹の寂しさを覚える。一緒にステージを作り上げるという作業は互いの気分を昂揚させる。だから、仕事をしている最中は実に楽しい。空腹や疲れも感じないほどだ。
 ところが、歌でも芝居でも始まったものは必ず終幕を迎える。打上げ花火でも線香花火でも、一瞬華やかな輝きを見せた後にはその勢いは衰え、また元の闇が立ち戻って来る。脳裡には鮮やかにその色や光の強さが残っているだけに、動と静のコントラストがくっきりと浮かび上がるというものだ。

 いま、僕が心の底で感じているのはそれだ。来日したフランス人歌手たちの通訳の仕事を通じてもう何度も味わった感慨だ。楽しく、充実した仕事の後にやって来るある種の虚脱感。もうすっかり慣れっこになっているはずなのだけれど、いまもそれは僕を襲う。
 仕事相手に手こずらされたり、思いがけないトラブルが発生したり、行き違いがあったり…。その仕事がハードであればあるほど、達成感の裏返しとして「ああ、もう終わっちゃたんだ」という気分は強くなる。

 先週はそのイヴェントにかかりきりになった。もちろん、僕にとっては大きな喜びだ。エリックとヴィルジニーと1月にパリで会って以来の再会を楽しみに待った。
 17日朝8時52分、予定より早く彼らの乗った飛行機は成田空港に着いた。出口に姿を現わしたのは約1時間後。車でいったん東信閣へ。昼食後、さっそくリハーサルをするため赤坂へ。オーナーの千葉美月さんのご好意で「バルバラ」を17日・18日と時間貸しして貰った。ピアニストの豊島裕子さんが2日間ともつき合ってくれた。豊島さんには3日間の本番でも協力して貰った。

 19日朝、音響・照明スタッフが入る。会場設営のスタッフもさっそくパネルを立てたり、ポスターを貼ったり。いつもの顔ぶれだから安心だ。ピアノも届いた。
 今年の東信閣ディナーショーのコンセプトは「ラスヴェガス」。大人の社交場であるカジノのある眠らない街。そこの一画でシャンソンのショーが行なわれる、という設定だ。

 シャンソン以外にもビンゴゲームで盛り上がった。ちょうどボージョレ・ヌーヴォー解禁日も会期中に当たっているので、来場されたお客様方とショーの合間に味見もした。女性ダンサーの熱っぽいショーも取り入れた。
 すべて、お客様方に楽しい時間を過ごしていただくためのアイディアだ。

 ショーが幕を下ろしてからは僕たちが楽しむ時間だ。夕食をしっかりと取った。小学校以来の友人である東信閣社長O君とバーに繰り出し、カラオケにも興じた。エリックとヴィルジニーも「夢見るシャンソン人形」を歌ったりして、典型的な日本の夜を過ごした。

 3日間は瞬く間に過ぎ去った。
 22日土曜日、彼らを見送りに再び成田空港へ。二人は午後6時発のノースウエスト機でフィリピンに向かうことになっていた。道路の渋滞と出国審査に時間がかかるのをを見込んで、午後1時過ぎに荻窪を後にした。
 到着してすぐに荷物のチェックイン。カウンター前にはすでに行列ができていた。やはりアナウンスが繰り返されている。出国審査には1時間以上かかることがあり、出発時刻までに審査が終了しないこともあり得る、という。
 名残惜しい気持ちを抑えて、彼らを搭乗ゲートに向かわせる。そこも長い行列なので、二人は何度も僕に手を振っていた。

 手荷物とボディチェックが終わり、彼らの姿が遠ざかるのを見届けてから場所を移る。
 さきほどノースウエスト機が停まっていた滑走路の見える椅子に腰かけた。そのまわりは行き交う人の流れやざわめきから取り残されたような、ぽっかりと空いた静かなスペースだった。
 「エリックとヴィルジニーはあれに乗るはずだ」。飛行機を見ながら思う。
 ふと、シャルル・アズナヴールのシャンソンの一節が浮かんだ。

あらゆる駅は互いに似ている
そして すべての港は倦怠でぐったりしている
あらゆる道は互いに似ていて
無限の彼方へと連れて行く
              (「移民」)

Toutes les gares se ressemblent
Et tout les ports crevent d'ennui
Toutes les routes se ressemblent
Pour mener vers l'ennui
              (《L'emmigrant》)

 この歌詞にある「港」を「空港」に替えても意味は通じるな、と思った。どちらも出会いと別れ、出迎えと見送りの場だから。日常と非日常とが交差する空間と言い換えてもいい。これもまた、いつも感じることだ。
 遠くに聞こえる混雑の音を聞くともなく聞きながら、過ぎて行った6日間を反芻した。