アンリ・サルヴァドールのニュー・アルバムが日本でも発売された。タイトルは『愛しい君との愛しい時間』(東芝EMI VJCP-68582)。86歳とは思えないほどのアンリ翁の声は聴きものだ。(当サイトのトップページにこの新譜の抜粋を楽しむための手引きがあるので、まだお聴きになっていない方はぜひご体験ください)
シャルル・アズナヴールと同じように、アンリ・サルヴァドールにとっても「引退」という文字は存在しない。生涯現役というわけだ。それがかけ声だけでないことは、彼らの実績を見れば納得がいく。
アルバムの原題は《Ma chere et tendre》。直訳すれば『愛しくて優しい女(ひと)』ということ。
邦題では『愛しい君との愛しい時間』と、「愛しい」という形容詞があえて繰り返されている。かつて岸田国士がジュール・ルナールの小説『葡萄畑の葡萄作り』みたいだな、なんてちょっと思った。

『愛しい君との愛しい時間』(東芝EMI VJCP-68582)
前作《Chambre avec vue》『アンリ・サルヴァドールからの手紙』(東芝EMI VJCP-68326 )が200万枚という驚くほどのセールスを記録している。昨年にはライヴ・アルバムも出しているし、日本での公演も難なくこなした。壁にぶつかるような気分になった時、アンリ爺様のこのパワーを思い出せば、くよくよしていることがバカらしくなってくるように思える。
いつも自分のペースで、好きなように生きているように見えるアンリ・サルヴァドール。その屈託のない生き方が羨ましい。ここまで来るにはきっと辛いことや悲しいこともあったろう。しかし、そんなことはおくびにも出さず「イツモシヅカニワラッテイル」。いや、往々にして呵々大笑しているかな。
いずれにしても、嫌なことを笑い飛ばせるようになるにはずいぶんと修行が要りそうだ。
アンリ・サルヴァドールについてはこんな噂がしきりだった。もっぱら南フランスのサン=ポール=ド=ヴァンスあたりでペタンク遊びに興じている、と。
来るべき時に備えて充電の日々を送っていたということなのだろう、いま思い返せば。いずれにしても、ステージやアルバム作りを放棄するつもりなんてご本人にはまったくなかったということがいまはっきりした。長いヴァカンスで蓄えたエネルギーは『アンリ・サルヴァドールからの手紙』に結実したからだ。
ますます意気盛んなアンリ翁の記事ががRFI Musique(ラジオ・フランス・アンテルナシオナル・ミュジーク)のサイトにある。《CHER ET TENDRE SALVADOR "Je fais ce que j'ai toujours reve de faire."》「愛しくて優しいサルヴァドール 「私はいつもしたいと夢見ることをしている」という、ロイク・ビュシエール Loic Bussiere 記者に語った言葉がまとめられている。
同記者は名指ししてはいないが、若手アーティストがアンリ・サルヴァドールのご機嫌を損ねたようだ。別の記事を書いたジル・リオ Gilles Rio 記者の記事から、そのアーティストがバンジャマン・ビオレー Benjamin Biolay であることが分る。(《VU D'AILLEURS Novembre 2003 La revanche du troisieme age》「他の場所からの眺め 2003年11月 第三世代のリヴェンジ」参照)
前作ではバンジャマン・ビオレー がケレン・アン Keren Ann ともども作品を提供している。ことにアルバム冒頭の「こもれびの庭に」は秀逸だ。ビオレーはシャンソン・フランセーズの新世代の旗手として自他ともに認める存在。彼らが新しい息吹きをあのCDに注ぎ込んだことは明らかだ。
そのビオレーが「あのアルバムの爆発的ヒットは自分のおかげだ」というようなことを口走ったらしい。「サルヴァドールが復活した」とも言ったという。僕はその発言を読んだり聞いたりしていないので確かめられないけれど、アンリ爺の口ぶりから察するに、どうもそういうことのようだ。
「復活だって、ふざけちゃいけないよ!」。彼はこのように一笑に付している。
アンリ爺にしてみれば、チャンスをあげたのは自分の方だ、というわけ。バンジャマン君、偉大なるキャリアの持ち主に対してはしかるべき敬意を払うものだよ。
閑話休題(それはさておき)。
新作『愛しい君との愛しい時間』には「僕の道」《Itineraire》、「夜の道」《Les chemins de la nuit》と、道について語った歌が2曲収められている。前者はミッシェル・モド Michel Modo が歌詞を書いた。後者は詩人ベルナール・ディメ Bernard Dimay の手になるもの。
軽やかなリズム、ゆったりとしたテンポといった曲調の違いはあるけれど、どちらにもキラリと光る歌詞がちりばめられている。たとえば「僕の道」には、こんな言葉がある。
私は陶酔をもって味わう
生まれ出る新しい毎日を
好きなことをしているのは
それは
私にはよく分っているからさ
最も美しい日は明日だということが
Je deguste avec ivresse
Chaque nouveau jour qui nait
Si je fait ce qui me plait
C'est aussi
Parce qu'au fond je suis certain
Le plus beau jour c'est demain
急ぎ過ぎず、意味なく立ち止まることもなく明日に向かって歩き続けること。明日を信じなければならない。
「夜の道」では、風に吹かれるまま、窓も扉もない宮殿に運ばれて行く、という歌詞が見られる。
愛が力を貸してくれるのさ
希望が挫けそうになったら
もしよければ私たちの
パンを分かち合おうじゃないか
L'amour fait ce qu'il peut
Pour l'espoir qui flanchent
Partageons si tu veux
Notre pain sur la planche
声高らかに歌い上げるわけではないけれど、アンリ・サルヴァドールのヴォーカルは心にしみ込み、生きる力を与えてくれることが実感される。
彼が示している「道」はあなたの道と交差するだろうか。