♪「シャンソンを貴方に…」〜シャンソン情報TV番組オンエアのご案内〜
東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)・群馬テレビ(GTV)において毎回多彩なゲストをお迎えして見ごたえのある30分番組となっています。
[出演]芦野宏/小林力(p)他 [監修]大野修平
   
☆TOKYO MXTV⇒
10月2日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:有光雅子
10月16日(木) 21h00〜21h30 再放送
11月6日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:深緑夏代
11月20日(木) 21h00〜21h30 再放送
12月4日(木) 21h00〜21h30 2003年総集編
12月18日(木) 21h00〜21h30 再放送
  ☆群馬テレビ⇒
10月8日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:有光雅子
10月15日(水) 22h00〜22h30 再放送
11月12日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:深緑夏代
11月19日(水) 22h00〜22h30 再放送
12月10日(水) 22h00〜22h30 2003年総集編
12月17日(水) 22h00〜22h30 再放送
この「修平のひとりごと」は、2ヶ月ごとに削除いたしますので、必要な方はご自分で保存してください。(管理人)
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仕事や問合せの合間に  12月12日(金) 曇り

 

 ありがたいことに、年末になって仕事が立て込んでいる。
 昨日の午後は第三書房へ行った。当欄の上に告知している、表紙がピンクとグレーの本『シャンソンで覚えるフランス語―1』を出版している会社だ。おかげさまでこの本、売れ行きがいい。で、第2集を出すことになり、再び対訳と曲目解説を担当した。何とか原稿を渡すことができた。
 テクスト(原詞)と対訳の文言を確定する作業が残っている。昨日、あいにくの雨ではあったけれど、次なる本の準備とあれば心も弾み、出かけて行った。

 第2集の表紙は第1集のイラストなど基本的なレイアウトを生かし、ブルーとグレーの2色になる。
 曲目の選定にはちょっとしたいきさつがあった。来年2月26日に1回だけの日本公演が予定されているジェーン・バーキンが歌った「コワ」《Quoi》を入れるつもりだった。が、この楽曲を管理しているパブリッシャー(音楽出版社)がイギリスとイタリアの2社に分かれているということが分った。後者と思うように連絡がつかない。パブリッシャーの許諾なしにはものは前に進まない。結局、このシャンソンを諦めざるを得なくなった。代わりにジェーンがセルジュ・ゲンズブールの力を得て作ったファースト・アルバムのタイトル曲でもある「ディ・ドゥ・ダー」が入る。

 そうしたことがあって、第2集には次の8曲が選ばれた。もちろん、CDカラオケにフランス人歌手のヴォーカル・ヴァージョン、インストゥルメンタル・ヴァージョンも収録される。オリジナルのCDカラオケ発売元のフランスの会社からも快く音源の提供も受けている。

1.「サン=ジャンの私の恋人」 《Mon amant de Saint-Jean》
2.「バラ色の人生」 《La vie en rose》
3.「詩人の魂」 《L'ame des poetes》
4.「アヴィニヨンの橋の上で」 《Sur le pont d'Avignon》
5.「澄んだ泉にて」 《A la claire fontaine》
6.「ディ・ドゥ・ダー」 《Di doo dah》
7.「恋は水色」 《L'amour est bleu》
8.「さよならを教えて」 《Comment te dire adieu》

 編集長のHさんはすでにこれらの曲を入れたデモCDを作り、リサーチを試みたそうだ。同社は新宿区矢来町にある。最寄の地下鉄駅は神楽坂。夜も賑わいを見せる街だ。馴染みの焼鳥屋さんの店主が音楽に詳しい。で、その人に聴いて貰ったところ「いいね」という感想だったというのでひと安心。
 それとは別に、Hさんからは次のようなメールも届いている。「全国のフランス語の先生方2,500名ほどに、来春の教科書カタログと見本をお送りしました。第2集も紹介しております。注文もすでに来ております」。こりゃあ、ますます張り切らなくちゃ!

 第三書房に着くと、Hさんがすでに丁寧に原稿をチェックしてくれていた。冷静な目で読んで疑問を感じた点などを指摘して貰う。
 文法的な注をつけてくださる野村二郎先生からもアドヴァイスが書き込まれている。フランス語の教科書でもあるから、原詞の行と対訳の行をぴたりと一致させて訳す方がいい、とのご提案だ。

 ただ、問題がないわけではない。というのも、日本語とフランス語では語順などの構造が異なっているから、厳密に対応させるのには少しばかり無理が生じる場合があるのだ。レコード会社からの仕事で対訳をする場合、フランス語の知識がない人が読んでも日本語としてひと目で理解できるように、と心がけるようにしている。語学書と歌詞カードとの違いであり、苦労のし甲斐がある点ともいえる。

 なるべく望ましい姿にしなければならない。校正紙とのにらめっこが始まる。Hさんと二人であれこれ検討を重ね、あっと言う間に3時間が過ぎた。終わって外へ出る。日は落ち、雨は小降りになっていた。

 東芝EMIからも仕事が舞い込んだ。
 担当ディレクターのFさんが考えた新しい企画だ。日本とフランスのアーティストたちが選ぶエディット・ピアフの曲集を出そう、というもの。今年2003年はピアフが亡くなってちょうど40年目に当たっている。本国ではアコーディオンみたいなケースに入った豪華版のボックスセットなんかも売り出されている。しかし、日本ではまるで動きがないので少しさびしい思いをしていたところだった。 そこへこの話がまさに降って沸いた。発売は来年になる。「40周年には間に合いませんでしたけど…」とはFさんの弁。いえいえ、アルバムが出るだけでも嬉しいことですよ。

 その内容はこんな具合。
 椎名林檎が「枯葉」と「バラ色の人生」、小野リサが「かわいそうなジャン」「パリの空の下」「私の回転木馬」、中島みゆきが「心の叫び」「水に流して」。そしてフランスから参加のクレモンティーヌ(僕としては“クレマンティーヌ”と書いて何の不都合もないと考えているのだけれども…)は「いつかの二人」と「エデン・ブルース」をそれぞれ選んだという。
 いずれも人気、実力ともにあるアーティストたちだ。選んだシャンソンにも個性が反映されているようだ。彼女たちのファンがこうした機会にエディット・ピアフの魅力を新たに発見してくれるといいな、と思っている。
 解説の締め切りが今月19日というからあまり時間がない。忘年会に現を抜かしてはいられない日が続くことになるなぁ。(ブツブツ)

 TVの世界でもシャンソン・フランセーズやエディット・ピアフについての番組が組まれるらしい。ちょっとしたことで僕に問合せの電話やらメールが来る。DVDでピアフのドキュメンタリーも作られるそうで、その字幕を担当する女性からの問合せもあった。
 こうした人たちはどうやらこのサイトを見て、「こいつなら尋ねてみてもいいかな」と当たりをつけるらしい。サイトを開設しててよかった、とつくづく感じる。だって、僕が外出していようが、眠りこけていようが、どこかで痛飲していようがこのページの数々が本人に代わって「大野修平の仕事」をプレゼンテーションしてくれているわけだから。

 でも、情報をどんどん提供するのはいいんだけれど、ギャラを貰えるのかなぁ。この手の「問合せ」は仕事であるのかそうでないのか、ちょっと判断がつきかねるところもある。会社によっては「予算がないので」と、ノーギャラ当たり前みたいなことを言ってくる場合もあったりする。
 ちょいとした情報でも、責任ある答をするためには念のために調べなおすことにしている。それなりの時間と労力がかかってるんですから、みなさん、多少の報酬をいただけるとありがたいんですがね、シャンソン・フランセーズのプロとしては。

 あんまりセコいことばかり言ってると嫌がられてしまいそうだしなぁ…。仕事と問合せの合間で、嬉しくも悩ましい日々を送っている。

   


   

暗澹たる思い   12月11日(木) 雨

 

 ふと思い立って小泉内閣支持率をインターネットで調べてみた。アサヒ.コムが11月11日21:56に発表した緊急世論調査の結果がヒットした。この日付、衆議院選挙直後だ。
http://www.asahi.com/special/shijiritsu/TKY200311110277.html
 それによると支持率は47%で、小泉第二次改造内閣が発足した9月の59%を大きく下回った。不支持は37%(前回25%)となった。自衛隊のイラク派遣を公言したいまの支持率が気になるところだ。国民の大半の意思に反しての決断が、次の世論調査でどのように評価されるんだろうか。

 用事があって大崎へ出た。来年1月9日、宝塚ベガホールでの「ニューイヤー・シャンソン・コンサート 人々の愛を歌う」という仕事の打合わせをしに行ったのだった。新年早々から仕事があるのは嬉しいものだ。深緑夏代さん、田代美代子さん、大原ますみさん、松本かずこさん、星奈佐和子さん、森下美智子さん、川島弘さんが出演するコンサートの司会を仰せつかっている。
 横浜在住で深緑さんのファンであるKさんは先日、「楽しみにしています」というメールをくださった。これまたありがたいことで、励みになる。

 帰りがけに目白で山手線を降りた。久しぶりにこの街のBOOK OFFに立ち寄ってみたくなったので。打合わせしたプロデューサーのTさんが、かつて本を読んでは感想を大学ノートに書きつけていた、という話をしていらしたことが頭に残っていたせいもあるかもしれない。

 BOOK OFF目白店の地下売場でも何度か掘り出し物を見つけたことがる。昨日も何となくいい本との出会いの予感があった。新刊、古本を問わずに働くこうした勘は信じるに足る場合が多い。
 鼻が利くということなのだけれど、「本が呼ぶ」としか言いようがないと感じることもしばしばだ。
 気になっていながら未読の本が山ほどある。新聞や雑誌の書評、広告で見かけて興味を惹かれながらも買いそびれてしまったものだ。そんな本たちが古本屋の棚から僕に呼びかけてくるのだ。

 昨日も僕に声をかけてきた本がある。天木直人著『さらば外務省! 私は小泉首相と売国官僚を許さない』(講談社)。天木さんは前駐レバノン特命全権大使だ。イラク戦争への反対意見を表明した電報を2通、外務省に打電したことが「組織の枠を踏み外した」として、本年8月29日付で同省を解雇されたことが話題になった方だ。
 田中眞紀子前外務大臣をして「伏魔殿」と言わしめた外務省の内幕を窺うのに格好の本に違いない、と発刊当時から読みたいと思っていた本だった。

 さっそく読み始めたら、どれもこれも驚くような話ばかり。出世と保身に明け暮れる外務官僚たちの姿が赤裸々に語られている。よくもまぁ、こんな程度の人間が日本の外交を担っていたものだ、と開いた口が塞がらない。

 まずは問題の電報の件から本書は始まる。
 本国政府に対してわが国の取るべき外交政策について意見を述べることを「意見具申する」との説明が冒頭にある。首相、外務大臣にまで届けてほしい公電をA指定と言うそうだ。しばしためらった後、天木氏は3月14日午前9時30分、政府の方針に異を唱える意見具申を川口順子外務大臣に宛てて送る。「本電を総理、官房長官に供覧願いたい」と結ばれた、A指定公電だ。
 「国連決議なしの対イラク攻撃は何があっても阻止すべきである」。パレスチナ和平問題解決へ向けての「中東和平交渉の一日も早い再開が必要である」といった、まっとうな意見だ。
 しかし、「本省からはなんの反応もなかった」。(同書 p.21)

 天木氏は二度目の意見具申を3月24日に行なう。国際的停戦の枠組みを作ることを提言したもので、これまた実にまともだという印象を受ける。が、外務省の反応は冷たい。北島信一官房長から人事異動を匂わせる電話がかかってきたのだった。そして竹内行夫事務次官から届いた1通の通知書。川口外相が進める外務省改革の一環として、天木氏の「勇退」を迫る内容。事実上の退職通知だ。

 国が誤った方向へ行かない道を探るために互いに意見を戦わせ、本国政府にそれを提出するのが大使たちの務めであるはずだ。ところが、天木氏以外に対イラク攻撃への反対意見を明らかにした大使はいなかった。日米同盟を主軸として固められる政府方針に盾突いたところで何の効き目もない、という諦めからなのだろうか。

 この本を読むと、国のために良かれと思って懸命にいろいろな提案をする天木氏の公電に外務省側から「まったく連絡がない」という表現をよく見かける。同省としては首相官邸の機嫌を損ねたくない、という配慮なのだろう。その官邸はアメリカの機嫌ばかりを気にしているというわけだ。
 これじゃ、やる気のある外交官は育たないだろうと思える。

 小泉純一郎首相への幻滅が日を追って僕のなかでは増している。僕ごときの思いなど、小泉さんは虫けらほどにも気にも留めないだろうけどね。
 首相は短いフレーズで明快に語ることで定評がある。が、イラク問題に関しては、口を開けば「日米同盟の重要性」を繰り返してばかりいる。

 ドイツとフランスはイラク開戦をめぐってアメリカと真っ向から対立した。そのせいでアメリカの不評を買うはめになったけれど、言うべきことははっきり言うという態度はわが首相と比べて印象的だった。
 天木氏はシラク仏大統領から小泉首相にかかってきた電話のエピソードを紹介している。対イラク攻撃に反対する自らの信念を語ったシラク大統領に対し、小泉首相は官僚が書いた言葉を繰り返すだけだった。天木氏は書く。「私は改めて、彼我のリーダーの器量の違いを見せつけられた気がした」。(同書 p.180)
 この時、シラク大統領は「国連によるイラク査察を続けるべきだ」と語った。それに対し、われらが首相は「ところでシラクさんは日本びいきで、相撲がお好きでしたね」とトンチンカンな答をしたんだそうだ。そんなことを口走るべき時だろうか。

 松岡克俊・要人外国訪問支援室長が官房機密費を詐取した事件や、外務官僚を名指しで批判する天木氏の筆は、鮮やかに同省の腐敗ぶりを描き出している。どれもこれも知らなかったことばかりだから、ある意味では興味深く読み進めていける。が、同時に暗澹たる思いにとらわれるのをどうすることもできない。日本という国の行く末を思うと空しさ、無力感も襲いかかってくる。

 政治家、官僚が当てにならないのなら、せめて民間人の僕たちが世界の人々からバカにされない人間として生きようと努める必要があるだろう。

   


   

「骰子(さい)は投げられた」 12月10日(水) 晴れ

 

 ついに小泉純一郎首相が決断を下した。イラク復興支援特別措置法に基づいて、自衛隊と文民のイラク派遣の基本方針が昨日の臨時閣議で決定されたのだ。 アメリカは日本に対して"Boots on the ground"(ブーツ・オン・ザ・グラウンド)を要求した。それに応え、武器を持った自衛隊員がイラクの大地にブーツで立つ日が現実にやって来る。
 「骰子(さい)は投げられた」という気がする。日本はついに後戻りできない地点にまで来てしまったんじゃないだろうか。

 浄水や電気、道路などのインフラ整備を支援することは決して悪いことではないと思う。日本の技術がイラク国民の役に立つなら喜ばしいことだ。
 「非戦闘地域」を選んで派遣する、と小泉首相は言い続けてきた。しかし、イラク全土が戦闘地域だという見方もある。自衛隊が安全に作業できる環境かどうかはよく分らないのが実情なのではないか。
 国会で与野党が大した議論を戦わせることもなく、国民に十分な説明もなく、派遣が決まった。既成事実を積み重ねてしまえば国民はついてくる、とでもいうようなやり方がいつまで繰り返されるのだろうか。

 大義のない戦争を始めてしまったブッシュ大統領のアメリカにつき合わなければならない日本。首相は3月20日に始まったあの戦争を早々と支持する姿勢を見せた。アメリカが主張した大量破壊兵器はいまに至るまで見つかっていないのだが、それには触れずじまい。核開発を進める北朝鮮が目と鼻の先にあるこの国としては、日米同盟を重視することはやむを得まい。

 昨日の記者会見で小泉首相はアメリカとの同盟関係を強調した。が、同盟国であるとするなら、ただ相手の言いなりになるのではなく、「あの戦争を全面的には支持できないが、人道主義の理想に照らして納得できる点については協力する」くらいのことは言えないものだろうか。所詮、日本はアメリカのポチに過ぎないとしても。

 ブッシュ大統領が「戦争は終わった」と宣言したのは5月だった。が、アメリカ軍に対する戦闘行為はやんでいない。スペイン、イタリア、そしてわが日本からも犠牲者が出ている。大量破壊兵器が見つからないので、アメリカは「イラクに民主主義を打ち建てる」というお題目を唱え始めた。

 が、ちょっと立ち止まって考えられないものか。
 イラクはメソポタミア文明発祥の地だ。紀元前3100年頃にはシュメール人が都市文明を謳歌していた。そういう気の遠くなるような長い歴史を持つ国に、アメリカ流民主主義をそんなに簡単に移植できるものだろうか。歴史や文化に然るべき敬意を払うことを忘れてはなるまい。
 たしかに、サダム・フセイン大統領を放逐したことでイラク国民に自由がもたらされたことは事実だ。が、イスラム教を信奉するあの国の特殊性も考慮に入れ、ゆっくりと時間をかけて民主主義を導入することはできないか。
 アメリカのやり方は性急過ぎないか、と考えてみるのも無駄ではないだろう。

 どんなに小泉首相が力をこめて話しても、今回の自衛隊派遣が腑に落ちないのはなぜだろう。根本的な議論を避けたまま、新たな決定を付け焼刃みたいな理屈で押し通そうとする点に無理がある、と僕は考える。
 憲法第9条についても、ちゃんとした議論ができずに今日まで来ている。憲法の条文をその時の都合に応じた拡大解釈をして辻褄を合わせる、というやり方はもう限界に達していると思う。
 そうこうしているうちに、誰がどこから見ても「軍隊」としか思えない自衛隊がイラクに出て行くことになってしまった。

 「武力行使はしない」「戦闘行為はしない」と小泉首相は繰り返す。が、テロリストに攻められた場合には正当防衛を容認する、とも語った。イラク復興の人道支援のために赴いた自衛隊員が攻撃を受けないとは限らないのだから、自らを守るために武器を取ることはあり得るだろう。それが新たな戦闘の引き金にならないと誰が保証できるだろうか。

 「アメリカ軍の武器弾薬は輸送しない」と首相は言う。だが、それで済むだろうか。
 アメリカは何度も憲法を変えている国だ。それに引き換え、日本は憲法を守り通すことを大切にやってきた。国の行動原理を定めたのが憲法だから尊重するべきだが、いまのような事態に立ち至った時に、実際の行動との間に無理が生じかねない場合だって出てくることも予想しなければならないはずだ。

 だからこそ、こういう場合にはこうする、という基本を定めるために平時から議論をしておくべきなのだ。議員たちだけに任せておいて済む話ではない。国民全体が広くああでもない、こうでもないと議論できなければならない。
 場合によっては憲法の条文に手を入れることもあるかもしれない。ならば、国民の意思を問うためには国民投票をも視野に入れてもいいのではないか。それが決定的に欠けている。だから、小泉首相の決断に国民の大部分は取り残された印象を抱くのではないだろうか。

 「骰子(さい)は投げられた」"Alea jacta est"(アーレア ヤクタ エスト)。かのユリウス・カエサルがルビコン川を渡る時に発したとされる、あまりにも有名な言葉だ。ルビコン川はガリア(いまのフランス)とイタリアの境界をなしていた小さな川だったそうだ。が、軍隊を率いてここを渡るということはローマの法を破ることだった。カエサルは自分を裏切ったポンペイウスとの戦いによって内乱が起きることを覚悟したのだった。

 小泉首相もまたルビコン川を渡ったように見える。その決断はどのような結果をもたらすのだろうか。自衛隊のイラク派遣に反対にせよ、賛成にせよ目を離すわけにはいかない日々が続く。

   


   

若さ溢れる「歓零希」パーティー  12月9日(火) 晴れ

 

 先週土曜日、楽しい集まりに参加した。銀座産経学園で僕が開いているシャンソン講座の受講生である安井高明さんが主催された、その名も「歓零希」パーティー。還暦と書かず、「歓零希」と表わしているところに遊び心があって行く前から気分が昂揚した。

 場所は新橋のアルテ・リーベというミュージック・レストラン。午後2時から始まるということだったけれど、僕は4時くらいに着いた。
 ドアを開けると、僕の教室のメンバーたちが集まって席に着いているのが見えた。「さくらんぼの会」の面々だ。亀井繁男さん、太田光弘さん、佐藤かよ子さん、そして主役の安井さんは三越文化センターで始まった僕の講座に第1回目から参加してくださっている。もう13年のおつき合いになる。
 亀井さんの右隣に着かせて貰い、さっそくワインを注文。授業なしで飲むだけというのは気楽でいいなぁ、などとチラッと思う。

 安井さんは三越時代から僕の教室のほかに、いまは亡き中原美紗緒さんのシャンソン教室も受講しておられた。こちらは歌う講座。中原さんの後を継いでいるのは庄司淳さん。温厚なお人柄に惹かれてだろうか、女性の受講生も多い。
 歌うことがとてもお好きなようで、安井さんはコーラスもこなし、年末には「第九」を歌う催しに毎年参加していらっしゃる。

 アルテ・リーベでのパーティーでも、安井さんの低音によるヴォーカルを聴くことができた。
 歌う教室の受講生仲間が大勢いらしていたので、飲んだり食べたりの合間にはシャンソンの数々を歌う方たちも多く、賑やかだった。
 わが「さくらんぼの会」からもシャンソンが出た。日傘順子さんはフランス語でレオ・フェレの作品「パリ・カナイユ」を、中野仁子さんはサルヴァトーレ・アダモの「橋の向こう側」をそれぞれ歌って喝采を浴びていたのが、僕としても嬉しい。

 5時から食事の時間。コース料理が次々に運ばれて来る。ソーセージとロールキャベツの盛り合わせなど、ドイツ風味のうまい料理にしばし舌鼓を打った。
 ビンゴゲームも行なわれ、雰囲気はいやが上にも増していった。

 楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまうもの。この日もそうだった。最後に安井さんのご家族が紹介され、お開きに。安井さんの幸せそうな笑顔が印象的だった。参加者の誰もがいい気分だったに違いない。ほんとに和やかな「歓零希」パーティーだなぁ、とつくづく思った。これまた安井さんのお人柄によるものだろう。類は友を呼ぶ、というあれだ。
 還暦だからといって年寄りじみるのではなく、むしろ大いに若さをアピールしていた安井さん。趣味を通して自由な時間を心から楽しむ大人の生き方を示していらしたのが素敵だ。これからもますますお元気でお過ごしになられますように。

 6時に閉会。まだ少し飲み足りないのと、パーティーの余韻で身も心も火照っていてこのまま帰るのが惜しい、そんな気分だった。同じ思いの人たちと二次会に流れてさらに盛り上がった。
 こちらもあまり楽し過ぎて、頭を仕事モードに切り換えるのにひと苦労した。