♪「シャンソンを貴方に…」〜シャンソン情報TV番組オンエアのご案内〜
東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)・群馬テレビ(GTV)において毎回多彩なゲストをお迎えして見ごたえのある30分番組となっています。
   
☆TOKYO MXTV
☆群馬テレビ
[特集]リーヌ・ルノー [出演]芦野宏他 [ゲスト]モンデンモモ
 1月8日(木)21h00〜21h30
 1月15日(木)21h00〜21h30(再放送)
 1月14日(水)22h00〜22h30
 1月21日(水)22h00〜22h30(再放送)
[特集]シャルル・トレネ [出演]芦野宏他 [ゲスト]堀内環
 2月5日(木)21h00〜21h30
 2月14日(木)21h00〜21h30(再放送)
 2月11日(水)22h00〜22h30
 2月18日(水)22h00〜22h30(再放送)
[特集]グロリア・ラッソ [出演]芦野宏他 [ゲスト]石井好子
 3月4日(木)21h00〜21h30
 3月18日(木)21h00〜21h30(再放送)
   3月10日(水)22h00〜22h30
 3月17日(水)22h00〜22h30(再放送)
この「修平のひとりごと」は、2ヶ月ごとに削除いたしますので、必要な方はご自分で保存してください。(管理人)
バックナンバー→  12月 1日〜 8日〜 15日〜 22日〜  1月 5日〜 13日〜

お 詫 び  1月23日(金) 晴れ

 

 夕べは「新年会」、これから「試写会」で時間がないので、書けませんでした。

大野修平

   


   

君子は豹変す  1月22日(木) 曇り

 

 どうやら言葉の世界にも「グレシャムの法則」があるらしい。ある言葉が持っている本来の意味が遠ざけられ、時には正反対の意味を帯びて語られるようになる場合も少なくないのだから。その時、元の意味は忘れらてしまう。
 それを言葉の乱れと取るか、自然な変化と受け止めるかは人によってまちまちだろう。いずれにしても、言葉は時代とともに揺れ動いていることだけは認めざるを得ないようだ。

 「君子は豹変す」という、四書五経の一巻『易経』にある表現も、いまの日本では異なる意味合いで使われるようになっている。
 「豹変」という文字のせいだろうか。虎とか豹という文字を見たり聞いたりした人が獰猛な野獣のイメージを抱くとしても不思議はない。実際、そうした猛獣はおとなしく人間のペットになんかなってくれないから。

 ところが昔の中国人は、虎や豹という恐ろしげな動物のうちに力強さを見出していたようだ。さらにその身体を覆う毛皮に美さえ感じていたと思われる。豹の毛が季節ごとに抜け変わって、斑紋が美しくなることに目をつけて言ったのが「豹変」だという。観察が細かいというか、目のつけ所が違う。
 というわけで、この言葉には否定的なニュアンスは感じられないのだ。

 が、昨今の日本ではどうだろう。いままで紳士面をしていた男が野獣と化すといった、まるで送り狼みたいな意味合いで使われていないだろうか。これも豹という文字とイメージのなせる業なのかもしれない。豹=猛獣=危険という図式が、この単語を見たり聞いたりした人の頭に浮かぶのだろう。
 まぁ、そもそも虎や豹といった動物はその昔からこの国にはいなかったのだから、豹の斑紋が美しいことに気づかなかったとしても仕方ない。

 「君子は豹変す」の意味を確認しておこう。まず君子。「(1)高い官職にある人。(2)徳行のそなわった人。品位の高い人」と『広辞苑』にある。
 君子と呼ばれるほどの人格者は、過ちを改めてから善に移るその移り方が極めてはっきりしている。君子は過ちを直ちに改める。君子は時代に応じて自己を変革する。これが「君子は豹変す」。

 ところが、自分の過ちを素直に認めてすぐに改めるというのはなかなか難しい。胸に手を当てて虚心坦懐に振り返ってみれば、誰でも身に覚えがあるんじゃないだろうか。自分が悪いのは分っていながら、「ごめんなさい」のひと言が口を突いて出ないために友人と仲違いしたなんていう思い出が。

 ブッシュ米大統領が1月20日(日本では21日)、一般教書演説を行なった。「アメリカの指導力と決意により、世界は良い方向に向かっている」と、相変わらず強気の発言が目立つ。ブッシュ政権が発足した2001年1月からイラクのフセイン政権打倒が計画されていたことを前財務長官ポール・オニール氏に暴露されても、大統領は気にしていないようだ。
 イラク戦争の最大の口実とした大量破壊兵器はいまだに見つかっていない。占領政策でアメリカ兵の犠牲者の数が増えていても、自分の決断は正しいと言い張っている。そうした見込み違いに関しての弁明は聞かれない。
 力の論理で押しまくるブッシュ大統領は君子と呼ぶに値するんだろうか。

 フランスのニコラ・サルコジ内務大臣もアホな発言をして世間を騒がせている。
 親分のジャック・シラク大統領が日本通で相撲好きであることは有名だ。その大統領に対抗意識をむき出しにして、自己の存在感をアピールしようとしたものだろうか。「相撲は肥満体同士の取っ組み合いで、インテリのスポーツとは思えない」と記者団に語ったそうだ。おまけに東京や京都の悪口まで言ったとか。己の無知をさらけ出すばかりで何の益もない愚かな行ないとしか言いようがない。

 サルコジ内相は平林博駐仏大使を20日、昼食に招いて「そうした発言はしていない」と否定したという。何を食べたのかメニューの中身が気になるところだけれど、果たして内相は「ごめんなさい」を言ったのだろうか。今後の態度が改まったら彼を君子と呼んであげよう。

 日本にも困った人がいる。民主党の古賀潤一郎衆院議員だ。アメリカの大学を卒業したと強く主張しているのだけれど、当の大学側は「そんな事実はない」ときっぱり否定。誰が聞いてもおかしな話だ。卒業証書はどうしたの、いったい?。アメリカに置いてきたとか、弁護士の名前を忘れたとか、寝言みたいなことばかり口走っている。何とも見苦しく、聞き苦しい。いまさらアメリカに飛んだところで、「中退」が「卒業」に変わるとも思えないけどなぁ。潔く事実を認めて謝ってしまったらどうなんだろうか。

 豹変し損なっている“君子”が世には多い。こうした人たちを他山の石として、わが身を律したいと考える。


♪Petites Annoces♪

「ヴィヴ・ラ・ルプリーズ 2004」のお知らせ "VIVE LA REPRISE 2004"

・「ヴィヴ・ラ・ルプリーズ」はパリで毎年行なわれているシャンソン・フランセーズのコンクールです。10回目を数える今年も、サントル・ド・ラ・シャンソン Centre de la chanson とサントル・ワロニー=ブリュッセル  Centre Wallonie-Bruxelles が共催します。

[日時]2004年4月29日(木)・30日(金)

[会場]サントル・ワロニー=ブリュッセル Centre Wallonie-Bruxelles
46 rue Quincampoix 75004 Paris, France

[参加条件]18歳以上であればアマチュア、プロ、フランス人または外国人でも構いません。ただし、フランス語で歌うこと。次の課題曲をCDに録音してサントル・ド・ラ・シャンソン事務局に提出してください。

CDには3曲を収録してください。
・これまでにレコーディングされているシャンソンのレパートリー全体から1曲。
・未発表曲(レコーディングされていないもの)を1曲。
・「街」をテーマにしたシャンソンを1曲。

[CD提出期限]2004年4月2日(金)

4月29日(木)14h00から公開オーディション。
4月30日(金)20h30からオーディションに残った7名による決戦。第2部ではクロード・スメルのショーがあります。

[各賞]サントル・ド・ラ・シャンソングランプリ、ADAMI賞、SACEM賞、UNAC賞。
シャルルロワ・シャンソンビエンナーレ・ド・ブリュッセルからのパートナー賞。
観客賞が該当者に授与されます。

申込み用紙は1月末に発行します。詳しい情報およびCD送付先は下記サントル・ド・ラ・シャンソンまで。

Centre de la chanson http://www.centredelachanson.com
24 rue Geoffroy l'Asnier - 75004 PARIS
Tel. (+33)01 42 72 28 99 - Fax(+33) 01 42 72 92 19
contact@centredelachanson.com

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VIVE LA REPRISE 2004

Centre de la chanson et Centre Wallonie-Bruxelles presentent
VIVE LA REPRISE
10e edition du tremplin des interpretes

Les 29 et 30 avril 2004
au Centre Wallonie-Bruxelles
46 rue Quincampoix - Paris 4e.

Condition de participation
Le tremplin est ouvert aux amateurs et professionnels, de 18 ans et plus, francais ou etrangers chantant en langue francaise.

3 chansons sur CD
1 chanson issue de l'ensemble du repertoire enregistre
1 chanson inedite de creation
1 chanson sur le theme : La ville

Date limite de reception des dossiers : vendredi 2 avril 2004.

Auditions publiques le jeudi 29 avril a partir de 14h.
Finale (7 artistes) vendredi 30 avril a 20h30
suivie du spectacle de Claude Semal
Le jury decernera, le grand prix du Centre de la chanson,
le prix de l'ADAMI, le prix de la SACEM, le prix de l'UNAC
le prix des partenaires : Charleroi Chansons et Biennale de la chanson de Bruxelles
Prix du public

Dossier d'inscription sur demande fin janvier

Centre de la chanson http://www.centredelachanson.com
24 rue Geoffroy l'Asnier - 75004 PARIS
Tel.(+33) 01 42 72 28 99 - Fax(+33) 01 42 72 92 19
contact@centredelachanson.com

   


   

ライフサイクルについて思いをめぐらした  1月21日(水)晴れ

 

 たまにインターネットでIT関連のニュースに目を通すことがある。昨年末からWindows 98の無償サポート終了についての記事が多くなっているのに気づいた。
 どうやらWindows98を使っている企業、個人はいまも多いようだ。ところが、発売元のマイクロソフトではこの製品に対するサポート終了を「2004年1月16日」と決めていた。その予定に従えば、ユーザーはこの日付以降、新たなバグやウイルスなどが確認されても手の施しようがなくなってしまう。セキュリティ修正プログラムやホットフィックスが発表されないのだから。
 この機会に別のOSに切り替える、という選択だってもちろんあり得る。が、Windowsを使い続けようとするユーザーは、遅かれ早かれXPへの転換を迫られることになる。

 2年前、まだ僕のシャンソン講座を三越文化センターで開いていた時のこと。三越側のある担当者が「うちはまだ95なんですよ」と僕に言ったのを思い出す。すでに98全盛で、Me(ミレニアム・エディション)も出まわっていた時期だ。企業としてはいったん導入したシステムをそう簡単に取り替えることはできないんだなぁ、と感じさせられる話だった。

 すでにマイクロソフトは2002年12月31日をもって、MS-DOS x.xx、Windows 3.xx、Windows95のサポートを終了している。いま三越文化センターが入っていた新館ビルの建て替え工事をしているけれど、OSはいまも95を使っているのだろうか。何か不具合(これもどことなく変な言葉だなぁ…)が起きた場合、サポートが終わっているからメンテナンスが大変だろうな、なんて思ってしまう。

 98ユーザーが多いことに配慮してのことだろう、マイクロソフトは方針を少し変更した。
 Windows98、98SEのサポート期間は2006年6月30日まで、Windows Meに関しては2006年6月30日まで延長することを1月15日、正式に発表したのだ。予定されていたサポート終了日の一日前という滑り込みセーフのタイミング。(98をお使いの方々は、念のためこちらにアクセスして詳細情報を確かめてください。)

 昔、「古い奴ほど新しいものをほしがるものでございます」と鶴田浩二さんが歌っていたけれど、基本的にアナログ人間である僕にもそんなところがある。Windows 95から出発した僕のパソコン人生は98、Me、XPと、マイクロソフトが設定したロードマップを追いかけてきた。新しいOSを使えば、自分の非力さをカヴァーできるような気がしていたと言えるだろう。

 一連のWindows 98サポート終了をめぐるいきさつを見ていて、ハードであれソフトであれ、製品にはライフサイクルがあることに改めて気づかされた。そんなの当たり前じゃないか、と言われてしまえばそれまでだけれども、そういうビジネスに携わっていないので、あまり考えたこともなかったのだ。
 柄にもなくライフサイクルについて思いをめぐらせてみたくなった。ライフサイクル、言い換えれば寿命だ。製品の場合、製造者自らがその製品のライフサイクルを見込んで作っていることが、今回の動きでよく分った。

 ひとつの製品が成長し、次なる新製品へとバトンタッチしていくのは自然なことだ。より改良を加え、消費者にもっと喜んで貰える商品やサーヴィスを提供してゆくのが企業の務めでもあるのは言うまでもない。
 ただ、IT関連製品の場合はその進化のスピードが速いように思う。やっとのことで操作を覚えたと思ったら、もう次の製品がやって来る。僕のような人間にとっては、追いつくのに息が切れてしまいそうだ。

 JMR生活総合研究所のサイト(http://www.jmrlsi.co.jp/)を訪れ、ライフサイクルについて付け焼刃の勉強をしてみた。以下は道聴塗説。
 「製品ライフサイクル」と「ブランドライフサイクル」の2種類がある、と出ている。「ほとんどの場合、製品は、導入、成長、成熟、衰退期からなるライフサイクルをたどると考えられています」。なるほど、そのとおり。インスタントラーメンでもスナック菓子でも、売れなくなれば新製品に取って代わられるのを見ても分る。

 では「ブランドサイクル」って何?
 先のサイトには「ブランドはメーカーの主体的な意志と戦略と適切なマネジメントによって維持拡大し、ロングセラー化することが可能です」とある。
 たとえば「ウォークマン」というソニーのブランドは、製品の多様化を続けることによって常に新しいイメージを維持することに成功している。ある一時期だけに広く流通した商品というのではなく、初期のカセットテープからCD、MDを操作できる機器として進化を遂げてきた。時代に先駆ける商品としての「ウォークマン」というイメージは温存されているわけだ。

 ブランドロングセラーを実現するにはどうしたらいいんだろう。同サイトに答が用意されている。
 「当該ブランドの受容層を見極めて、層の深掘(特定顧客層での浸透率をあげる)、層の拡大(現在の受容層を維持しながら新たな顧客層にアプローチする)、層の転換(現在の顧客層を捨てて、新たな顧客層に浸透を図る)のいずれかの政策判断を行い実行すること」。

 なるほどねぇ、これがマーケティングの考え方なのか。
 これ、音楽ビジネスにも当てはめることができるんじゃないだろうか。僕が携わっている「シャンソン・フランセーズ」というジャンルをひとつのブランドと想定してみる。
 シャンソンが好きな層は日本にたしかに存在する。レコード会社やプロモーターはある程度、その層に対して働きかけてきた。どの程度深く掘ったかは定かではないけれども。
 層の拡大という点に関しては必ずしもうまくいっていないように思う。これには僕のような立場の人間がシャンソンを多くの人たちに知らせる努力をもっとしなければならないということは承知している。そのためにこのサイトを立ち上げたのだ。
 層の転換にはよほど勇気が要るだろう。慎重にならざるを得ない。浪曲好きがいきなりシャンソンファンになるとは想像しにくいから。(まぁ、まったくあり得ないケースとは言えないだろうけどね)

 ほんの少しばかり読みかじった知識を振りかざすのは愚かかもしれない。それでも、「シャンソン・フランセーズ」という優れたブランドを衰退させないために、こうした考え方を参考にしてみるのも悪くないだろう。

   


   

時の狭間にて  1月20日(火) 晴れ

 

 初めは「時の間(あわい)にて」と書こうとした。「あわい」というの響きが何となく好きなので。でも、と思い返した。この言葉、まるで使われなくなってしまっていることに気づいたのだ。あまりにも文学的に過ぎるかもしれない。丸カッコをつけてルビを振らなければ読んで貰えない単語をことさらに使うなんてペダンティックだ、とのそしりを免れないかもしれない。それならば、と同義語である「狭間」を選ぶことにした。

 「あわい」と「狭間」。なぜ僕は前者に心地良い響きを感じるのだろう。おそらく「時」という単語が濁音ではないから、それに続く語も澄んだ音の方が僕の耳には快く感じられるということなのだと思う。「トキノアワイニテ」と「トキノハザマニテ」では、やはり受け取る印象は少し異なっている。

 語感というのは、味覚と同じくらい個人的なものなんじゃないだろうか。同じことを言い表わすにしても、「この言葉じゃなくてこっちがいい」と感じるということ。これはたとえば、幼い頃から食べ慣れたそばやうどんの汁の味について「関西風がいい」「いや関東風がいい」などと主張するようなもののように思える。理屈を超えた生理的な次元に属する事柄だから、議論は成り立たないだろう。要するに、好きか嫌いかという話になってしまうから。
 ライスカレーだろうとカレーライスだろうと食っちまえば一緒さ、と言われればまぁ、そんな気にもなる。でも、やっぱり違うだろう、という思いを拭い去ることができないのが僕という人間なのだ。

 昨日の夕方6時に、宝塚ベガホールでお世話になった深緑音楽事務所のプロデューサー、Tさんと会うことになった。待ち合わせ場所は渋谷東急BUNKAMURA内のカフェ・ドゥ・マゴ。Tさんとはここで会うことが多い。
 いまやシティライフの一部として根づいた感のあるスターバックスも悪くはない。好きな飲み物を自分でテーブルまで運んで、帰りがけに容器を片づけるというシステムは合理的だと思う。しかも、値段は安いときている。だけど、ちょいと物足りない気がしないと言えば嘘になる。ゆっくり話す時間がないとか、ビジネスライクにさっさと用件を済ませたい場合ならそれもいいだろう。でも、多少なりとも時間を取って話す余裕がある場合、僕ならドゥ・マゴのような場所を選びたい。

 この「ひとりごと」を始めた頃に書いたことに再び触れる。パリにある何でもない普通のカフェ・テラスに陣取り、ビールを注文した。まだ朝の10時くらいだったけれど、前日までにひと仕事終えていたので自分に「お疲れさん」を言いたい気分だった。
 ビールが来たので、すぐに代金を払おうとした。先に払っておけば、いつでも気兼ねなしにさっと席を立つこともできるから。ところが中年のギャルソンは僕たちの目の前に開けているパリの街並みを指しながら、言った。「ムッシュ、ご覧なさい。人生は美しいですよ」。「人生は美しい」の箇所を彼はをフランス語で"La vie est belle"(ラ ヴィ エ ベル)と発音していた。
 そのギャルソンに人生の楽しみ方を教わる格好になった。たしかに彼の言うとおりだった。せっかく頼んだビールも、ゆったりとした気持ちで街を行き交う人たちの姿や並木、建物の細部など、その場所から目に入るものを楽しみながら飲めばいっそううまく感じられるというものだ。

 "Faire un petit tour"(フェール アン プティ トゥール)という言い方がフランス語にある。直訳すれば「ちょいとひとまわり散歩する」といったような意味だ。ビジネスの場合は最短距離を最短時間で移動するのが望ましいとされるのだろうけれど、日常生活の場ではそれだけじゃ味気ない。差し当たり急いでいないのならA地点からB地点に直行、という行き方ばかりではなく、C地点やD地点を通って目的地のB地点にたどり着いたっていいじゃないの。 "Faire un petit tour" (フェール アン プティ トゥール)には、そんな気分が感じられる。そう、人生を楽しもうとする姿勢だ。決して大がかりなことじゃない。

 ひとつ前の約束から次の約束まで、少しでも時間的余裕があれば僕はこいつを実践することにしている。時の狭間のいい息抜きにもなるから。
 昨日の例で言えばこうだ。待ち合わせ場所は渋谷。約束の時刻まで30分ばかりある。そこで、ひとつ手前の原宿駅で山手線を降りた。NHKの脇を歩いて渋谷公会堂前に出る。去年の夏、ここでチャヴォロ・シュミットとその仲間たちが公演したことを思い出す。そのままNHK内玄関前の坂を下り、松涛の通りに入って東急までゆっくりと歩いた。

 カフェ・ドゥ・マゴには6時少し前に着いた。Tさんはまだだった。グラスワインの赤を頼む。ギャルソンがボトルとグラスを持って来る。グラスをテーブルに置き、ワインを注いでくれる。このやり方、パリ本店と同じだ。"La vie est belle"(ラ ヴィ エ ベル)。

 パリ、サン=ジェルマン=デ=プレ教会の前にカフェ・ドゥ・マゴ本店はある。店内の柱に中国人らしき人形が二体飾りつけられている。これが店名の由来。開店したのは1885年のこと。その時分にはヴェルレーヌやランボー、マラルメといった詩人たちが訪れたという。

 カフェ・ドゥ・マゴのWebサイトもあって、興味深い話題をいろいろと読むことができる。("LE CAFE "LES DEUX MAGOTS"http://www.lesdeuxmagots.fr/")
 サン=ジェルマン=デ=プレ大通りに面しているドゥ・マゴ。向かいにあるカフェ・ド・フロール Cafe de Flore と並んで、ドゥ・マゴはパリの文化的な生活にも大いに貢献してきた。上記の詩人たちのほかにもヘミングウェイ、ピカソ、後にルイ・アラゴン夫人となったエリザ・トリオレ、ジャック・プレヴェール、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、アンドレ・ジイドといった作家たちも出入りしていた。
 そして1933年、文学者たちにドゥ・マゴ賞を授与するまでになる。その伝統が1989年にオープンしたBUNKAMURAのドゥ・マゴにも受け継がれているのも嬉しい。

 フランス人建築家 J.P.ヴィルモットが内装を手がけた渋谷のドゥ・マゴで、サン=ジェルマン=デ=プレを舞台にしたシャンソンを思い出した。
 「あとには何もない」"il n'y a plus d'apres"。
 女優エマニュエル・ベアールの父、ギイ・ベアールが作詞・作曲したシャンソンだ。ジュリエット・グレコのレパートリーとして知られている。
 かつてはよく顔を合わせていた友人はいま、パリの別の地区に住んでいる。その友人が久しぶりに古巣を訪ねて来て、何もかもが変わってしまったことを嘆く。

サン=ジェルマン=デ=プレには
いまはもうない
あさっても
午後もない
今日という日しかない

サン=ジェルマン=デ=プレで
あなたに再会しても
それはもう あなたじゃないし
それはもう 私じゃない
もう 昔の日々はない

Il n'y a plus d'apres
A Saint-Germain-des-Pres,
Plus d'apres demain
Plus d'apres-midi:
Il n'y a qu'aujourd'hui.

Quand je te reverrai
A Saint-Germain-des-Pres,
Ce ne seras plus toi
Ce ne seras plus moi:
Il n'y a plus d'autrefois.

 第二次世界大戦後、サルトルやボリス・ヴィアン、若者たちが集い、実存主義の花が開いた街サン=ジェルマン=デ=プレ。その思想的ファッションのブームも去った。そこはかとない切なさを漂わせるメロディーと相まった、まさに実存主義的な趣のある佳曲と言えるだろう。
 カフェ・ドゥ・マゴもカフェ・ド・フロールも、そうした世のなかの移り変わりを眺めながら今日まで続いている。

 Tさんと話し終えて外に出る。渋谷駅の人込みを避けるため、再び歩いて原宿へ。地下鉄に乗って帰宅しようと思ったのだ。渋谷から原宿までの距離は、モンパルナスからサン=ジェルマン=デ=プレのそれに近い
 そんなことを思いながら表参道を歩く。久しぶりだ。ずいぶん様変わりしている。見覚えのある景色は残り少ない。壁面に蔦が絡まり、古き良き昭和を感じさせていた同潤会アパートも取り壊され、工事中だった。
 時の狭間で、「あとには何もない」の感が深めながら歩いた。

   


   

次の本が出た  1月19日(月)曇り

 

 またひとつ仕事が形になった。山頂に立ったような思いがちょっとしている。小さい山ではあるかもしれないけれど。『シャンソンで覚えるフランス語―2』(第三書房)ができ上がった。手に取ってみたくなる装丁の担当は山田宗宏さんで、表紙の色をブルーにしてくれた。見ていると心が温まってくる挿絵は飯箸薫さん。お二人とも第1集からのメンバー。
 第2集にもカラオケCDがついている。基本的なコンセプトは第1集と共通なのだけれど、右上の枡に描かれているイラストが今度の本ではパンを抱えた男性になっているのも楽しい。

 ふと、螺旋階段のたとえを思い出した。大学1年生の頃、文学概論で平井啓之先生がお話しになられた事柄だ。
 人生には似たような風景や局面が訪れることがある。しかしそれはまったく同一というわけではない。ちょうど螺旋階段を昇り降りしながら見る景色のように、似てはいながら少しずつ異なっている、というもの。
 そう言われてみればそうかもしれないな、とその時に思った。年齢を重ねていくごとにそれを実感している。

 おかげさまで『シャンソンで覚えるフランス語―1』の評判がいい。第2集も売れてほしいと願っている。今回はひとつ変化をつけた。読者の方々からの意見を書いて貰えるように葉書を入れることにしたのだ。これで忌憚のない批評や、どんなシャンソンを収録してほしいかというリクエストを直接に受け止めることができる。心して待ちたい。

 この本でも収録された8曲について解説を書いた。ひとつ反省していることがある。4曲目の「アヴィニヨンの橋の上で」"Sur le pont d'Avignon"で年号を間違えてしまったのだ。
 この橋については伝説がある。サン=ベネゼ Saint-Benezet という聖人が建造に携わったというものだ。羊飼いだった彼は12歳のある日、「ローヌ河に行って橋をかけるように」という主なる神の声を聞く。それが多くの資料では1177年となっている。ところが、たまたま目にしたひとつの資料だけが1117年と記述しており、それをそのまま鵜呑みにして書いてしまったのだ。校正や青焼きの段階でも気づかずに通してしまった。本になってから編集長のHさんから指摘を受け、調べ直したら上記のとおりだった。

 読者の方たちに申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。もちろん重版では訂正を入れる。執筆者として注意が不足していたことを恥じているところ。今後はこれまでにも増して気をつけたいと考えている。

 Hさんが尽力してくださったおかげで、なかなか味のあるアーティスト写真が揃った。あまり見かけなかったショットを見ることができる。
 ひとつ自慢したいのはジェーン・バーキンの写真。1997年、ラ・ロシェルの音楽フェスティヴァル、フランコフォリー Francofolies でインタヴューした時に撮ったものだ。彼女のナチュラルな雰囲気が笑顔とともによく出ていると思う。

 この部屋で資料をひっくり返して調べながら書いた原稿がこうして本という形になって戻って来た。当たり前と言えばそれまでだけれど、ひとつの仕事を成し遂げられたことが素直に嬉しい。
 この企画はシリーズとしてこれからも引き続き刊行することが決まっている。さらにより良い内容にしてゆくためにも、読者のみなさんからの貴重な叱正やご意見を待ちたい。

 いまはしばし、出来上がったばかりの本を目で楽しみ、手で感触を味わっていたいと思う。