マーロン・ブランドが7月1日、肺疾患のためロスアンジェルスの病院で死去したというニュースが流れた。名優と言うべきか、怪優と言った方がぴったりするのか分らない、特異な存在感ある役者だった。享年80。
シャルル・アズナヴールと同い年。アズナヴールは80歳の誕生日をリサイタル千秋楽のステージで迎えている。いまもスリムで年齢を重ねるごとに声に艶が増しているアズナヴールに比べ、マーロン・ブランドは鬱血性心不全と肥満に悩んでいた、とも伝えられている。
マーロン・ブランドの出演映画はあまり観ていない。それでも、忘れられない作品が2本ある。
ひとつはエリア・カザン監督による『欲望という名の電車』《A streetcar named Disire》(1951年)。アメリカルイジアナ州、ニューオーリンズを舞台にしたテネシー・ウィリアムズの戯曲が基に作られた。
大学1年生の時、いろんな夢を持った役者の卵たちが集う学外の劇団にちょっと参加したことがある。テネシー・ウィリアムズの『ロング・グッドバイ』という芝居をみんなで演ることになった。そこで、同じ作者の映画を観て参考にしようと思い、銀座の映画館に行った。
妹ステラ(キム・ハンター)の家を訪れた、アルコール浸りのブランチ・デュボワ(ヴィヴィアン・リー)。ステラの夫スタンリー・コワルスキーを演じていたのがマーロン・ブランドだ。ポーランドからの移民という設定で、ブランチから「ポーラック」と侮蔑的に呼ばれていた。
ブランチは父の死によって南部の家を失ってはいたが、自分の美貌を鼻にかけていた。が、その美しさも荒んだ生活で衰えが見え始めている。ある晩スタンリーは彼女の顔をつかんで電灯の下にさらし、冷酷な事実に目を醒ますよう強いる。ブランチが属していた米南部の地主階級と、新しい時代を担う労働者階級との対比を鮮やかに浮き彫りにしたショッキングなシーンだった。
マーロン・ブランドの汗臭さでむせ返るような画面が印象に残っている。
もうひとつはベルナルド・ベルトルッチ監督作品『ラスト・タンゴ・イン・パリ』《Last Tango in Paris 》(1972年)。これを73年、初めて行ったパリの映画館で観た。フランス語タイトルは《La derniere tango a Paris》。妙なボカシなんか入っていないノーカット版。
中年男ポールを演じるマーロン・ブランドは冒頭シーンで、地下鉄が歩道の上を通るビル・アケム橋で立ち止まって両耳をふさぎ、空を仰ぐ。やがてとあるアパルトマンの一室で若い娘ジャンヌ(マリア・シュナイダー)と出会い、行きずりのセックスをする。ジャンヌには婚約者トム(ジャン=ピエール・レオー)がいたが、ポールとのアパルトマンでの逢瀬は続けられる。彼らは互いに自分たちのことは知らせず、ただの男と女として出口のない欲望に身を委ねてゆく。ポールの妻は自殺していたが、そのことを決して口にしなかった。
トムとの生活を考え始め、次第にポールとの関係に耐えられなくなるジャンヌ。
決意を伝える時が来た。二人が入ったダンスホールではコンテストが行なわれていた。泥酔した二人はフロアに出てタンゴの曲に合わせて踊る。が、ポールは踊りながら尻を丸出しにするという醜態をさらす。逃げるジャンヌをポールは追い、彼女の家に押し入るが拳銃で撃たれてしまう…。
愛欲の虜と化した男を演じるマーロン・ブランドの姿にやや違和感を覚えながら、まさに全身をぶつけた演技に圧倒されたものだ。
映画を観終わって、ビル・アケム橋に実際に行ってみた。彼が入って電話をかけたカフェも橋のすぐそばにあって、「あ、ここ、ここ」なんてミーハーなことをやって喜んだのも、パリ初体験の楽しい思い出のひとつだ。
マーロン・ブランドはプライヴェートな事柄を語ろうとしなかったと言われる。役者として二度までアカデミー主演男優賞を受賞した彼だが、その心の内はどうだったのだろうか。すべてを秘めたまま、彼は帰らぬ旅に出てしまった。大物の死にはやはり、寂しさを禁じ得ない。
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