一昨日、7月31日は銀座産経学園での講座があった。本来は毎月第2土曜日なのだけれど、8月はお盆休みに当たるので振り替えられたのだった。
パトリック・ブリュエルが1930〜40年代のシャンソンを歌っているアルバム《Entre-deux》のなかから選んだ今回のテーマは、シャルル・トレネの「パリのロマンス」。しかし急遽、内容を変更せざるを得なくなった。というのも、シャンソン・フランセーズのスターが他界したからだ。しかも二人、立て続けに。
7月22日、作曲家・歌手のサッシャ・ディステル Sacha Distel。享年71。23日、セルジュ。レジアニ Serge Reggiani。享年82。そこで、講座では二人のキャリアを振り返るとともに、代表曲を聴きながら追悼することにした。
ディステルは長い病気療養の後にフランス南部で亡くなったという。病名は明らかにされていない。レジアニの場合は、パリの自宅で眠っている間に心臓が鼓動を止めたようだ。
"YAHOO! France" に発表された記事のコピーを受講生の方々に配った。彼らのキャリアが簡潔にまとめられているので、それを読むことにしたのだ。
バンドリーダーだったレイ・ヴァンテュラ Ray Ventura の甥であるサッシャ・ディステルは1933年生まれ。ディステルといえばまず思い浮かぶのが、1958年のヒット曲「スクビドゥ」"Scoubidou" 。"YAHOO! France"の記事のタイトルにもこうある。「サッシャ・ディステル、“ムッシュ・スクビドゥ”ステージを去る」"Sacha Distel,"M.Scoubidou" a quiite la scene"。
「私はリンゴを、ナシをそしてスクビドゥを売っているの」"Je vends des pommes, des poires, et des scoubidous bidou ah"という歌詞が繰り返される。最後まで「スクビドゥ」が何であるか明かされないが、どうやらセクシュアルなニュアンスがこめられているようだ。積極的な女の子に迫られてたじたじとなる男の子、といった設定が面白い。
「聖者の行進」のメロディーに想を得た「モン・ボー・シャポー」"Mon beau chapeau"(60)、スティーヴィー・ワンダーの"You are the sunshine of my life" のフランス語ヴァージョン"Le soleil de ma vie"(73)…。彼の作品「美わしき人生」"La belle vie" は、フランク・シナトラ Frank Sinatra によって歌われた。

永遠の微笑みをたたえるサッシャ・ディステルのベスト・アルバム
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1970年代後半になると、光彩に満ちた彼のキャリアにも影がさす。時代の気分を鋭敏に感じ取り、それを強調するようにメロディーや歌詞に反映させてゆくタイプの歌手が出会う、必然的な帰結と言えるだろうか。ファンを除く多くのリスナーは飽きっぽいものなのだ。
それでもディステルは、本来の持ち味であるジャズを生かしたコンサート活動や、ディスク製作を続けていった。
セルジュ・レジアニは、ディステルのようなヒットメーカーとは異なっている。
1922年、レッジオ・エミーリア生まれのレジアニは幼い時にフランスへ移住した。舞台と映画の俳優としての着実なキャリアを積み重ねた後、43歳にしてシャンソン歌手の道に入る。ブレル、ブラッサンス、ボリス・ヴィアンらを世に送り出した名プロデューサー、ジャック・カネッティ Jacques Canetti 氏の次のひと言がきっかけだった。「あなたは歌うべきだ」。
1965年当時、フランスは若者向けの音楽であるイエイエ・ブームに沸き、カネッティ氏は古巣のレコード会社、フィリップス社を追われる形になっていた。そこで氏は、自らの名を冠したレーベルを立ち上げる。67年に出たセカンド・アルバムではアルベール・ヴィダリー作詞、ルイ・ベシエール作曲による「狼たちはパリに侵入した」"Les loups sont entres dans Paris"、ボリス・ヴィアンの「脱走兵」 "Le deserteur" を歌った。このアルバムでより若いファンを獲得することになった。
やがてバルバラの知己を得て、彼女を通じてジョルジュ・ムスタキとも出会う。
彼の書いた「私の自由」"Ma liberte"、「私の孤独」"Ma solitude"、「サラ」"Sarah" などの名作が、こうしてレジアニの重要なレパートリーとなった。
「イタリア人」"L'italien"、「セルジュ」"Serge"、「少年」 "Le petit garcon" などのように、自ら作詞したかのように見受けられる作品がある。しかし、レジアニは作詞に手を染めることは決してなかった。イヴ・モンタンがそうだったように、自分の個性にフィットした作品だけを歌う、純粋な歌手に留まり続けた。
1980年に息子ステファンが自殺。アルコール依存症にかかり、心臓発作を繰り返すようにもなった。次第にステージから遠ざかるようになってゆく。それでも1990年代になってからも次々にCDを発表していった。"Reggiani 95" (95)、"Nos quatre verites" 「私たちの四つの真理」(97)、"Les adieux differes"「延期された引退」(99)。
そして、2000年。全曲ジャン・ドレジャック作詞、ミシェル・ルグラン作曲によるアルバム"Enfants, soyez meilleurs que nous"「子供たちよ、私たちよりも優れた者であれ」を発表。

《Enfants, soyez meilleurs que nous》trema 710791)
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重厚で、メランコリックな響きを持つレジアニの声とともに、彼が歌ったシャンソンの数々はこれからも僕たちの心と魂を揺さぶり続けることだろう。
謹んでサッシャ・ディステルとセルジュ・レジアニのご冥福を祈る。
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ユニバーサル・ミュージック・フランスのサイトで彼のシャンソンを聴くことができる。http://www.universalmusic.fr/
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詳しい情報はhttp://www.bcommebejart.comをご参照ください。
バルバラ、ジャック・ブレルのシャンソンが多用され、モーリス・ベジャールのひとつのバレエ作品『リュミエール』が創り上げられるまでを追ったドキュメンタリー。プログラムに僕が映画で取り上げられたシャンソンについての解説を書いています。
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