『ピアフへのオマージュ バラ色と黒の人生』と題するコンサートで、解説者としてステージに上がる仕事をしてきた。
24時間があっと言う間に過ぎてしまう、充実した日々だった。9月9日(日)から14日(金)までの素晴らしい時間を振り返ってみたい。
まずは9日(日)、名古屋へ。午後1時30分過ぎにリハーサル会場の〈プティ・パリ〉に直接入る。シャンソン歌手・西山伊佐子さんが経営されているライヴ・スポット。今回のコンサートを企画されたのも西山さんだった。
すでに、名古屋在住の女性歌手が6名顔を揃えていた。店の奥に置かれたピアノの前には、フランスからやって来たジェラール・ダゲールもいる。今年2月、シャルル・アズナヴール日本公演時には指揮者としてバンドを率いていた。
再会を喜び合った。
西山伊佐子さんは10年以上前、パリでジェラールと出会った。シルヴィ・ヴァルタンのコンサートを観て、彼女が歌う"Il pleut sur London"「ロンドンに雨が降る」がすっかり気に入った。で、ジェラールを楽屋に訪ねる。あいにくその日には会えなかった。後日、改めて会いに行く。
僕は主にコンサートの第1部で4回、ステージに出てエディット・ピアフの生涯やシャンソンの背景などを語ることになっていた。僕が喋るパートは省略して、歌のリハーサルが進められた。
夕方5時過ぎに終了。制作担当のネオ・ムスクの窪田さん、UMMサウンドシステムズの園田さんと東新町にある三井アーバンホテルにチェックイン。
ここは〈プティ・パリ〉から歩いて目と鼻の先で、昔は金谷ホテルと呼ばれていた。荷物を置いてから下へ。西山さんに連れられて街なかへ出て、焼肉を食べた。
食後、「もう一軒行こう」ということになり、東急ホテルのメインバーへ。窪田さん、園田さん、ピアニストの坂下文野さんと一緒にシャトー・ボリーを開けた。坂下さんは名古屋公演で第2部のピアノを担当する。
これから毎日仕事する仲間だ。その前にこうして気心を通わせておくのは悪くない。
10日(月)。快調に目が覚めた。昨夜、あまり飲みすぎていないのがよかった。
朝食を摂りに1回のカフェに降りて行った。ほどなく窪田さんが現われ、園田さんも加わった。アズナヴール公演の際には照明、音響の仕込みにもフランスやカナダからスタッフが同行してしたので通訳として僕もつき合った。
でも今回は日本人スタッフだけだから、仕込み段階で僕の出番はない。会場には午後に入ればいいと言われていた。
部屋の清掃をして貰っている時間を利用して、外を歩くことにした。本番前に心身ともにリラックスしておくのは大事なことだから。
2005年にも西山さんのリサイタルのお手伝いをするために、名古屋にお邪魔した。地図を頼りに、その時に泊まったホテルのある界隈を目指す。
久屋大通りから若宮大通りへ出る。交差点の向こうに見覚えのある建物が見えた。〈ランの館〉という、洋館風のそこはジャズのライヴハウスらしい。この建物を左に見てしばらく行けば、2年前に泊まったローズコートホテルだ。
そこまで行かず裏道に入り、目についた公園でひと休み。シャツの背中にはもうだいぶ汗をかいている。ここで涼むことにした。隣接する小学校では先生の指導の下、子供たちが同じ動きをしている様子が伝わってくる。運動会の練習か何かかもしれない。
汗がひいてから、ゆっくりとホテルに戻った。
午後12時30分頃には、会場の愛知県芸術劇場小ホールに入った。ここの大ホールで2月、アズナヴールがリサイタルを行なっている。NHK名古屋のすぐ裏にある、立派な造りの大きな建物だ。
小ホールは壁面、床、椅子、ステージもすべて黒一色でまとめられている。シックな雰囲気がいい。客席数はおよそ300。ステージとの距離感も好ましい。
初日第1部の出演者は鳥居美江さん、渡辺みかこさん。11日(火)は、かとうえい子さん、風花まいさん。12日(水)は野原百合子さん、隅田圭子さん。
毎回、第2部では西山伊佐子さんが「愛の讃歌」を歌う。
第2部からリハーサルが始まる。「ピアフの愛した男たち」がテーマで、イヴ・モンタン、シャルル・アズナヴール、ジルベール・ベコー、ジョルジュ・ムスタキの作品をそれぞれの歌手が歌う。
エディット・ピアフ自身のレパートリーが歌われるのは第1部。リハーサルでは、僕も定められた曲と曲の間にステージに出て語りの練習をした。
初めは下手に椅子と譜面台が用意されていた。椅子に腰を下ろし、譜面台に置いた台本を読む、というスタイルが想定されていた。しかし、歌手の方たちが立って歌うのに、僕だけ椅子にいるというのもどうも変だ。そこで、スタンドマイクに向かって立ったまま話すという形に変えて貰った。
リハーサルが終了するのがおよそ午後5時前後。開場まで1時間ある。その間に楽屋弁当を食べる。自分でも不思議なほどよく食べることができた。お茶を飲んだりしながら、ゆっくりと時間を過ごす。
6時を過ぎ、タキシードに着替える。いよいよだ。気分がおのずと引き締まってくる。
客席が暗くなり、ピアフの歌う「私の回転木馬」がかかる。続いて彼女が観客に呼びかける挨拶が流れる。それがコンサートの始まりだった。
続く2曲は女性歌手の方たちが歌う。名古屋・東京とも共通で、「バラ色の人生」"La vie en rose"「街に歌が流れていた」"Un refrain courait dans la rue"。
この2曲が終わったところで僕の最初の出番が来る。それまで下手袖で待つ。
ステージに出てすぐにいま歌われた2曲のタイトルを言う。自己紹介する。続けて、ピアフの生涯の栄光と悲惨をバラ色と黒になぞらえ、彼女を偲びながら賛辞を贈ろうというこのコンサートの趣旨を述べた。
元来が早口なので、ステージではあまり早すぎないように心がけた。とはいっても、僕の喋りだけが長くなってしまっては進行に支障をきたしてしまう。分りやすさを意識しながらも、やや早めのテンポで話す。
音響チーフの義煎さんにも早すぎないか、聞き取りにくくないかをリハーサルが終わる度に尋ねた。「十分に聞こえてますよ」と言ってくれた。よし、これで行こう。
自分で書いた台本を見ながら朗読する形で話を進めた。ただし、3回目にステージに出る時は台本なし。というのは、ジェラール・ダゲールが素晴らしいシャンソンを持って来てくれていたので、彼の生の声を観客のみなさんに聴いて貰おうと思ったから。僕が彼にインタヴューする形で進めることにした。
彼はこんなことを話してくれた。
その曲は"Je m'en remets a toi"。直訳すれば「きみに任せるよ」「きみを頼りにしてるよ」といった意味。
「水に流して」「私の神様」などの曲を書いたシャルル・デュモンが作曲し、ピアフに提示したらとても気に入られたという。しかし、歌詞がついていなかった。ある時、デュモンはバーでジャック・ブレルと出会う。ブレルはデュモンにそのメロディーを口ずさむように言う。それを聴いたブレルはそのバーのカウンターで一気に歌詞を書いたそうだ。
しかし残念なことに、ピアフはこのシャンソンを歌うことなく他界してしまった。
今夏、パリの〈オランピア劇場〉でエディット・ピアフのミュージカルが上演された。ジャック・ダルシー演出による《Piaf je t'aime》『ピアフ ジュ・テーム』。
ピアニストのジェラールはこのミュージカルの音楽監督を務めた。主演女優のマリー・オルランディが歌っているヴァージョンを会場内に流し、それに合わせてジェラールがピアノを弾いた。マリーの力強い声による、感動的な曲調。
終わると客席から熱い拍手が来た。
この1曲が今回のコンサートに素晴らしい花束を添えてくれたと確信している。
名古屋公演の3日間は夢のように過ぎて行った。
12日、終演後〈プティ・パリ〉で打上げ。飲むほどにジェラールはゴキゲンになっていった。根っからのミュージシャンなんだなぁ。進んでピアノに向かい、弾き始める。シャルル・トレネの「喜びあり」を演奏していた時だと思う。出席者みんなが席を立ち、前の人の肩に両手をかけて室内を踊るようにまわった。
ジェラールに促され、僕もシャンソンを歌った。陽気な鳥居美江さんとはジャヴァも踊った。いったい、何曲歌ったことだろう。気がつくとギャラリーはほとんど帰っていた。ああ、恥ずかしい。
13日(木)、東京に戻る。いったん帰宅して着替え、東京公演のリハーサルに参加。
コンサート会場となっている第一生命ホールの4階にあるリハーサル室へ。朝倉まみさん、有光雅子さん、深江ゆかさんが代わる代わる歌った。
東京公演ではキーボードの砂原嘉博さん、第2部のピアニストに和田典久さんが加わる。
そして、小春さんがクロマティック・アコーディオンで「私の回転木馬」を弾きながら場内をまわり、気分を盛り上げてくれた。18歳の有望なアコーディオニストだ。
第2部では西山伊佐子さんが「愛の讃歌」を披露した後、「私の回転木馬」を出演歌手全員で歌った。この曲はジェラールと和田さんの連弾で楽しい雰囲気作りをする。
歌い終わりでジェラール、和田さんに加えて僕もステージにもう一度出て整列し、フィナーレ。
自分の喋りについては反省する点は多い。しかし、全体としてはまとまりのある、見応えのあるコンサートだったと思う。
14日の打上げも盛り上がった。ジェラールも僕たちも離れ難い気分だった。醒めてほしくない夢。その夢をさらに長続きさせたいのでまた飲む、といった気持ちになっていた。
これまであまり親しくお話ししたことのなかった歌手のみなさんとも改めて知り合えたことも嬉しい。
スタッフ、出演者、そして僕を起用して下さった西山伊佐子さんに心からお礼を言いたい。楽しい経験をさせていただきありがとうございます。