ピエール・バシュレ死去

     
 
 「坑夫たち」「エマニュエル夫人」などのヒット曲で知られるシンガー・ソングライター、ピエール・バシュレ Pierre Bachelet が2月15日にパリ郊外スュレーヌ(オー=ドゥ=セーヌ県)の自宅で死去した。ガンに侵され、長い闘病生活を送っていたという。60歳だった。

 1944年5月25日、パリ第12区生まれのピエール・バシュレは、少年時代を父親の故郷である北フランスのカレで過ごした。パリに出て映画学校に入学した時は、監督になることを夢見ていた。1967年に技術者として映画界に入り、71年頃までルポルタージュなどドキュメンタリー・フィルムやTVのコマーシャル・スポットなどを手がけた。

 そのかたわらロック・グループ、レゾナンス Resonnance に加わり、音楽活動もしていた。その後、友人の勧めで映画音楽にも手を染め、自ら歌うことを決意。73年には初シングル盤《OK Chicago》を発表した。翌74年には、日本でも文芸ポルノとして大ヒットしたジュスト・ジャカン監督映画『エマニュエル夫人』《Emmanuelle》の音楽を担当、彼自身でテーマ・ソングを歌いミリオンセラーとなった。
 同年にはファースト・アルバム《L'Atlantique》も発表し、歌の道で生きることを決意した。

 やはりシンガー・ソングライターであるジャン=ピエール・ラング Jean-Pierre Lang とのコラボレーションにより80年には"Elle est d'ailleurs"「遠くから来た娘」 、"Les corons"「坑夫たち」(82年)、"Marionnettistes" 「人形使い」(85年)、"L'An 2001" 「西暦2001年」(86年)などを発表、ヒットとなる。

 83年にパトリック・セバスティアン Patrick Sebastien の前座としてパリ、オランピア劇場に出演。同劇場では84年、86年、88年、99年に真打のスターとして公演する。2001年のクリスマスにもオランピアで特別公演を行なっている。

 特筆すべきは、北フランスの炭鉱地に生きる男たちを描いた感動的な作品"Les corons" 「坑夫たち」。1988年、フランス人が愛好する「20世紀のシャンソン・フランセーズの最も美しい100曲」中、第4位にこの曲が選ばれた。

《HIT PARADE DU SIECLE》(CD2枚組 PolyGram 816-733-2)
最上段の一番右に、イヴ・デュテイユ、ジャック・ブレルと並んでピエール・バシュレの顔が見える。

 2003年にリリースした《Tu ne nous quittes pas》「きみが行ってしまうことはない」が遺作となった。“北の男”ジャック・ブレルを称えるアルバムで、彼の死後25周年を記念したもの。
 04年10月には、自身のデビュー30周年記念を祝うコンサートをカジノ・ド・パリで行なっている。連日満員札止めとなり、バシュレの健在ぶりを印象づけた。

 葬儀2月21日にパリ、フォーブール・サン=トノレ通りにあるサン=ロック教会で執り行われた。遺骸はサン=トロペ墓地に埋葬されると報じられた。

 ピエール・バシュレのオフィシャル・サイトには、ディスコグラフィーや詳細なバイオグラフィーなどが公開されている。同サイトのURLは以下のとおり。

http://www.pierrebachelet.com/

 なお、ディスコグラフィーには遺作アルバム《Bachelet chante Brel, Tu ne quittes pas》のジャケット写真が掲載され、その一節が試聴できる。タイトルをクリックすれば原詞を参照することも可能。

 
 
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