10月に出るアルバム  10月1日(水)
2008/10/01

〔写真:左=ピエール・バルー 『ル・ポレン』 中=ピエール・バルー 『サ・ヴァ、サ・ヴィアン』 右=ブリジット・フォンテーヌ 『ラジオのように』〕


 今日から値上げの秋が始まる。
 サラリーマンの厚生年金保険料、電気・ガス料金、輸入小麦も、何もかも上がる。まったく暮らしにくい世のなかだ。

 アメリカの不良債権問題に端を発するツケが、世界中に飛び火しそうな勢いだ。1929年の大恐慌の再来さえ唱えられている。
 日本を狂乱させた1980年代後半からのバブルの時代にも、その恩恵に浴することのなかったこの身にしてみればどうにも割り切れない。

 閑話休題(それはさておき)。
 今日リリースされるサラヴァ・レーベルのアルバムを紹介しておきたい。いずれも、しばし夢とファンタジーの世界に遊ばせてくれるものばかりだ。
 リマスタリングによって、過去に発表されたアルバムが新たな輝きを放っている。

 まずはサラヴァの総帥、ピエール・バルー Pierre Barouh と日本との絆を確立した記念碑的アルバム、『ル・ポレン〔花粉〕』(オーマガトキ OMCX-1211)。
 高橋幸宏、坂本龍一、加藤和彦、鈴木慶一、清水靖晃といった当代一流のミュージシャンたちが作曲や演奏に協力している。ピエールの書く歌詞が持っているポエジーとみずみずしい日本人ミュージシャンたちの感性との出会いが貴重だ。
 なお、ライナーノートを僕が書いていることも付け加えておきたい。

 ピエールといえば、このアルバムを外すことはできない。『サ・ヴァ、サ・ヴィアン』(オーマガトキ OMCX-1209)

「僕たちの人生はこんな風に過ぎて行く/時には立って 時には座って/僕たちの人生は流れに従って行く/堂々めぐりをして 前へ進む/サ・ヴァ、サ・ヴィアン(行ったり、来たり)…」。

 サ・ヴァ、サ・ヴィアン Ca va, ca vient。
 ピエールのあの温かい声でこう歌われるとそんな気がしてくる。僕が彼の描く世界が好きになったのもこのアルバムからだった。

 作詞に重きを置いているピエール・バルーは、まぎれもなくシャンソン・フランセーズの伝統に連なっている。しかし他方、ボサノヴァの伝道者としての役割も併せ持っている。
 本アルバムに収録された「おいしい水」がいい例だ。フランス語歌詞とボサノヴァのリズムやメロディーが心地良く溶け合っている。

 このアルバムには、ボーナス・トラックとして「遭難」「迷い」の2曲も収録されている。

 ブリジット・フォンテーヌ Brigitte Fontaine の登場は衝撃的だった。
『ラジオのように』(オーマガトキ OMCX-1212)の表題曲は、いつ聴いてもそのショックを想い起こさせる。

 アート・アンサンブル・オヴ・シカゴとのコラボレーションで歌い、語るブリジットのスタイルは、実に不思議な昂揚を与える。シャンソンとかジャズとかのジャンルを超えた圧倒的な存在感とパワーが、リスナーの心をとらえて離さない。

 オーマガトキからは、さらに以下のアルバムも同時発売されている。

 ピエール・バルー 『ヴァイキング・バンク』(OMCX-1210)
 ブリジット・フォンテーヌ&アレスキ 『野ばらは素敵かもしれない』(OMCX-1213)

クレールのライヴが行なわれた  9月29日(月)
2008/09/29

〔写真:左=楽しそうに歌うクレール 中=ライヴを終えてくつろぐ3人 右=特設コーナーの前で、ドミニクと〕

 一昨日、渋谷・タワーレコード5階で午後7時からクレール・エルジエールのインストア・ライヴが行なわれた。日本でのファースト・アルバム発売を記念してのもの。

 店内には、クレールのCDリリースをアピールするコーナーも設けられていた。
ライヴ後、ギタリストのドミニクと並んで記念撮影にも応じた。(写真参照)

 椅子席が用意され、開演前から人だかりができていた。ライヴが始まるとさらに立見の人たちが次から次へと増えていった。若い人も、年配の方たちもいる。シャンソン・フランセーズのファン層は意外に広いようだ。

 クレールの右手にはアコーディオニストの桑山哲也、左手にはドミニク・クラヴィックが席を占める。

 まずは、アルバムのトップに収められている「ムーラン・ルージュの唄」"Moulin Rouge" から始めた。
 続いて「聞かせてよ愛の言葉を」"Parlez-moi d'amour"1、「サン=ジャンの私の恋人」"Mon amant de Saint-Jean"、「アコーディオン弾きの悲劇」"L'accordeonisite s'est tu"、「見上げてごらん夜の星を」と歌い継いでいった。
 アンコールには、ブールヴィルのレパートリーだった「失われた踊り場」"Le petit bal perdu"(C'etait bien)を選んでいた。

 ライヴが終わった後、CDを購入してくれたお客さんたちへのサイン会もあった。クレールはにこやかな笑顔を浮かべながら、1枚ずつ丁寧に名前を記していった。

 桑山君と少し話す時間があった。最近は売れっ子になっているけれど、以前とまったく変わらない気さくな話しぶりにほっとさせられる。彼の明るい性格はアコーディオンの音にも反映されているように感じる。いつ聴いてもいい気分にしてくれる音だ。

 銀座産経学園の集まりでアコーディオンを弾いて楽しく盛り上げてくれるかっち君も来ていて、桑山君と親しく言葉を交わす。桑山君のブログでアコーディオンの曲目について質問をしたらすぐに返事をくれたことに感謝を述べていた。

 12月3日(水)には沖縄・桜塚劇場ホールA、5日(金)・6日(土)は渋谷のHAKUJU HALLでのリサイタルが予定されている。
 クレールのさわやかな声が、さらに多くの人たちの心に届くことを願っている。

秋晴れのようにさわやかに  9月26日(金)
2008/09/26

〔写真:左=ギターの名手、ドミニク・クラヴィック 右=クレール・エルジエールのサイン 訳:2008年9月24日 こんにちは! サ・ガーズが長く続きますように! 友情をこめて。あなたがシャンソン・フランセーズのためにしてくれていることに感謝します。じゃ、またね クレール・エルジエール〕


 パリの空の青は、くっきりとしていながらほんのり淡い。
 一昨日、そんな印象を与えるフランス人女性シンガーに出会った。
 クレール・エルジエール Clare Elziere。パリに生まれ育った彼女の日本でのデビュー・アルバムが発売される、その日だった。

 アルバム・タイトルは『パリ、愛の歌〜永遠のシャンソン名曲集〜』(リスペクトレコード RES-143)。
 収録された全16曲は日本でもお馴染みのシャンソンが多い。「愛の讃歌」「パリの空の下」「バラ色の人生」「残されし恋には」「失われた踊り場」「あとには何もない」…。
 それらのシャンソンがクレールの明るく、さわやかな声によって生き生きと輝いている。

「CDジャーナル」のためのクレール・エルジエールとのインタヴューは、渋谷公園通りに面したCafe Miyamaで、午前11時から行なわれた。
 同誌の女性編集者のHさんとの挨拶もそこそこに地下へ。リスペクトレコード社長の高橋研一さんもいらしたが、携帯電話で話をされていてお忙しそうだった。
 さあ、いよいよインタヴューが始まる。この緊張感がまた、いい。

 クレールの右隣にはアルバムのレコーディングにも参加しているギタリスト、ドミニク・クラヴィック Dominique Cravic が控えていた。ドミニクは2002年、アンリ・サルヴァドール Henri Salvador の来日公演に参加している。
 クレールとは初対面だった。そこに知った顔がいるというのは心安い。インタヴューはスムーズに行くだろうな、と直感する。

 フランス語で“クレール”とは、「明るい」「澄んだ」「透明な「はっきりした」を意味する形容詞。男性名詞につく場合は"clair" と綴り、女性名詞を飾る場合は"claire" となる。

 人の名前で言葉遊びをするつもりはないけれど、クレール・エルジエールの声はまさに明るく、澄んでいる。そればかりでなく、時には淡いメランコリーも漂わせる。そこに表情豊かなニュアンスが生まれる。

 詳しい内容は「CDジャーナル」を読んでいただくとして、印象に残ったことを少しだけ書いておこう。

 アルバムを聴いた感想をストレートにぶつけてみた。
「あなたのすっきりと澄んだ声は、秋の空を透って来る太陽光線を思わせますね。そう、ちょうど今日みたいに」。
 クレールは微笑みを返してくれた。

 1999年、クレールは素晴らしい体験をする。モントーバンで開催されたシャンソン・フェスティヴァルの会場でのことだった。
 パリにあるシャンソン学校アトリエ・シャンソン・ド・パリ Atelier Chnason de Paris で出会っピアニストのグレゴリー・ヴー Gregory Veux 一緒に、クレールはこのフェスティヴァルにやって来た。
 たまたまオフで演奏していたところ、フェスティヴァル最終日の夜にステージで歌うように勧められる。

 その最終日は、あのジュリエット・グレコ Juliette Greco に捧げられた夜だった。
 ステージ上でグレコが椅子に腰かけて参加者たちを見守るなか、クレールはジャック・プレヴェール Jacques Prevert の詩にジョゼフ・コスマJoseph Kosma
が曲をつけた「美わしき星に」"A la belle etoile" を歌った。

 ちなみにこのタイトル、文字面のまま訳せばここに掲げたとおり。ところがくだけた表現では「夜、屋外で」"en plein air, la nuit" を意味する。
 プレヴェールの詩を読めば一目瞭然。彼はシャペル大通りやイタリアン大通り、ヴォージラール通りなどで出会った、住むあてもない人たちの悲惨な姿を描いている。

 そしてこのシャンソンは、ジュリエット・グレコ自身が1951年にレコーディングしている曲なのだった。
 聴き終わったグレコはクレールを指さして言った。「こうでなくては、歌というものは」。そして、歌い続けるように、とのアドヴァイスをくれたそうだ。ここに、シャンソン歌手クレール・エルジエールが誕生する。

 クレールはもうひとつ、とても大事な「出会いと選択」をした。
 言うまでもない、ドミニク・クラヴィックと出会い、伴侶として選んだことだ。音楽の面でも、私生活においてもいかにも二人はしっくり行っているように見受けられる。

 インタヴューの終りに写真を撮りたいと申し出た。ドミニクは快諾してくれたが、クレールが渋い顔。「だって、写真を撮られると思ってなかったからメイクもちゃんとしてないし…」。
 もちろん、その意思を尊重することにした。

 秋の日の陽だまりみたいなぬくもりを心に貰ってその場を辞去した。27日に渋谷・タワーレコード5階で行なわれるライヴでの再会が楽しみだ。

これから…  9月24日(水)
2008/09/24
1302 これから…  9月24日(水)


 今日はこれから午前11時から仕事があります。
シャンソン・フランセーズの名曲をカヴァーしたニュー・アルバムのプロモーションのため、クレール・エルジエール Claire Elziere が来日中です。

 その一環として、「CDジャーナル」のインタヴューを行ないます。そのインタヴュアーを僕が引き受けたのです。もちろん、今日のインタヴューを元に原稿を書くことになっています。

 雑誌などのインタヴューの際、普段は別にインタヴュアーの方がいて僕は単なる通訳を仰せつかることが多いのですが、今回はアーティストの話を聞いて原稿執筆まで一貫して仕事ができます。気持も引き締まっているところです。

 記事は10月発売の「CDジャーナル」に掲載される予定です。インタヴューの詳細はそちらを読んでいただきたいと存じます。
 でも、ほんのちょっとだけ、次回の「ひとりごと」で彼女の印象などについてお話しできるでしょう。
 というわけで、今日の本稿はひと休みさせていただきます。

 クレール・エルジエールのアルバム『パリ、愛の歌〜永遠のシャンソン名曲集〜』(リスペクトレコード RES-143)については、当サイトの上部にあるバナー広告をクリックしてみてください。

 A bientot!

ディレンマに悩まされている  9月22日(月)
2008/09/22

〔先週はいろいろなアルバムを聴いたり、ビデオを観たり、本を読んだりと充電の時間を過ごすことに没頭していました。そのため「ひとりごと」を更新することが疎かになってしまったことをお詫びいたします。とはいえ、僕にとって充電という名の勉強の時間もまた必要であることをご了解願えれば幸いです。 大野修平〕

 何枚かのフランス人アーティストのアルバムを聴いて過ごした。
 いつも胸に去来することがある。あるアーティストの音楽や歌詞の素晴らしさを紹介したいのだけれど、言葉にできないと感じる場合も少なくない。軽々しく語り得ないという思いに駆られるのだ。

 そんな時、ヴィトゲンシュタインのあの有名な言葉が思い浮かぶ。「語り得ない物を前にした時は沈黙しなければならない」。
 いや、このような言い方も無意味にさえ思えるほど、押し黙らざるを得ないそんな瞬間があるものだ。

 とはいえ、そんなことを言っていたら評論家としての仕事を全うできない。だから困ってしまう。通り一遍のことなら言えるのだけれど、もっと生き生きと対象となるアーティストの音楽や歌世界を語らなければならない。
 語りたいのに語るこどができない。そのディレンマにいつも惑うことになる。

 言い換えれば、ひとりのアーティストが作り出した作品とは、それほど素晴らしい物なのなのだ。
 だから不注意に物を言えなくなってくる。もちろん、なかには語るに値しないものもないわけじゃない。その場合はそのアーティストについては語らないという判断はすぐに下せる。

 繰り返しになるけれど、困ってしまうのは、語りたいと強く思っているのに語る言葉を失ってしまう場合だ。
 ひとつのアルバムについて「いいな」「素敵だ」とだけ言うのでは、料理を食べても「おいしい」しかヴォキャブラリーを持たないグルメリポーターみたいになってしまう。

 好き勝手なことを書き連ねる評論家・批評家を批判したシャンソンを、シャルル・アズナヴールは2003年に発表したアルバム《Je voyage》『ジュ・ヴォワヤージュ〜私は旅する』のなかで歌っている。
 タイトルはずばり、"La critique"「批評」。

 アズナヴールは作詞家としては、早い時期からいろいろな歌手たちに作品を提供してきた。歌手としてデビューしたての頃、彼の変わった声や背の低さを咎める批評が多かった。しかし、誰もが知っているように彼は大勢のファンに支持されて今日も活躍している。

 この「批評」というシャンソンはこう終わる。

En fin de compte, seul le public a raison.
  結局のところ、観客だけが正しいのだ。

 含蓄のある言葉だ。評論家が何を言おうと、観客やリスナーに受けるアーティストは受けるという現象が起きるのだ。まぁ、それが作られたブームのようなケースも往々にしてあるけれども、大勢の人たちからの支持を得ていることは認めなければならない。

 それでも、きちんと物を言える評論家になるべく研鑽をつむしかない。その思いを新たにした今日この頃だ。

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