袋小路綾麻呂(8組 T.T)

   


 今年の夏も暑い…。
 夜になってもこんなに暑い…。
 あの日もこんな暑い夜であった…。

 田島治江さん…お元気でいらっしゃるだろうか?
 確か中学3年生の頃に同じクラスになりましたね…あなたは隠れたマドンナ的存在で、「エッ!オマエも田島スキなのかよ〜!マイッタなあ!」「ゲッ!なんだよ!オマエも田島にイカレているのかよ!シビレルよな〜!あいつ…。」

 我が北中には当時、表マドンナは3人位いたんだった…。
 その彼女たちはみんな自分の立場を良くも悪しくも理解しており、その意識的な行動(必ず仲のイイ彼女よりどうみても容姿が落ちる女の子と行動を共にしている)、しぐさ(何かにつけて、カマトト振りを発揮し、スケベな事を言われても首を45度位に傾け、ソレナアニ…って感じでうっすら微笑む)、言動(一本通ったポリシーは持たず、なるべく自分のファンが減らないような中庸的な発言をする)、成績(学年トップ学級トップにはなれず中の上止まり…学級委員には及ばず、生活委員が身上、トップの女子は容姿は落ちるが成績は抜群、常に学級委員)で廊下を闊歩していたっけ…。彼女らは入学以来のマドンナであり入学直後から2年生、3年生に大いに持てはやされていたのである。

 確かにいろいろ好みはあるだろうが、彼女らは最大公約数的な魅力を備えていた事は事実であった。
 何を隠そうこの私もそのマドンナの中の一人と結構接近していたのである…周りもある程度認めるような既成事実を積み重ねていたのである。

 高橋君は荒瀬さんをスキなんでしょう…的にみんなの世論を見方に彼女の外堀を徐々に埋めていったのである。(ちなみに今も徳川家康はあまり好きではない。)
 なかなかイイ作戦であった…が、この作戦には欠点があった。

 それは心変わりした時である…。
 今までとは違う女の子をスキになってしまった場合、その次の新しくスキになった女の子からは「高橋君は荒瀬さんがスキなんでしょう?」となってしまうのである。
 「イヤ〜!実はネ!オレは振られちゃってね!前々から田島さんの事がスキだったんだけど…」なんて必ず振られる側にまわり、今までの既成事実を一生懸命払拭しなければならなかったのである…。
 その新しい女の子が少しでも私に興味があれば、結構路線変更はうまくいく…そうでない場合は最悪である…両方から非難轟々、針のむしろ状態になってしまうのである。
 しかしオンナはこの歳の頃からコワイものである…前者の場合は女同士のライバル心に火が付き私はイイ気分ではあるが結果的にどちらかをキズ付けてしまうのである…。

 そんなマドンナニューウェーブとでも言おうか…田島さんの登場は今までにない新しいマドンナの流れを作ったのだった。
 なぜだろうと考えてみても判らないが、一種の熱病みたいにみんなに伝染してしまうのかもしれない。しかし彼女は今までのマドンナたちと違い俗に言うスレていなかったのであった。きっとそこが大きな魅力であったと思う…。

 目鼻立ちは非常にクッキリしていた…目はパッチリと二重でまつげは長く、眉毛も石原真理子並に太かった…唇の上にほんのウッスラと口ひげが生えていた。しかし結構浅黒い肌なのであまり目立たなかったのだ!そう!少々エキゾチックな容姿で上品なインド人っぽかったような気もした。
 そんな日本人離れした彼女に外国人離れした私は席が隣りになった時から、結構イってしまったのであった…。

 当時女子はブラジャーを付ける子とそうでない子とに分かれていた…。
 前述の荒瀬さんは結構おしゃれと言おうか、大人ぶっているとでも言おうか、中二の頃からブラジャーをつけていたような気がする。(ペチャパイのくせに…。)
 冬はその事は判らない。ブラジャーを付けているかいないか…毛糸のズロースをはいているかいないか…。

 6月初めの登校日から、男子生徒の視線は女子生徒の背中に集中するのである…。
 やれ、アイツはブラジャーをしてる、してない。ブラウスの生地が薄い。手を挙げた時の半袖のワキの下から毛が見えた。腕毛が濃いだの薄いだの…。

 田島さん…あなたはブラジャーをつけていなかった。でも乳房は結構発達していた。あなたがブラジャーをつけていない事は後ろ姿からよくわかった。しかし前からもよく判ったのだ!
 それは、あなたの乳輪が大きくて色が濃く透けて見えていたからである!しかしそんな事はまったく介しないあなたであった…それが人気者にのし上がった一因かもしれない…。
 そんな自分の魅力に気が付かない素朴なあなたに男子生徒はイカレてしまったのであった。(いや?今思うと結構計算ずくだったかもしれない。しかし15才の男の子の頭の中にはそんな事微塵も浮かばない…歳は取りたくないモノだ!)

 そんなあなたの好きな男が判った時、私は結構なショックを受けたものであった。ごくごくフツーの大人しい男子だったのだ! 勉強が出来るわけでも無し、スポーツが出来るわけでも無し、不良でも無し…何でこんなヤツの事がスキなんだ〜!と不思議に思ったものだった…。
 そんな訳で私も一応受験で忙しくなり、あなたの事はいつの間にか忘れてしまい…そして何の音沙汰もなく卒業してしまった。

 しかし、高校一年の夏の暑い夜にこんな出会いが待っているとは…。

   


 中三の夏休みと違い、高一の夏休みは天国であった…。

 去年は暑い最中に後楽園の電機大学とかに補習で通ったり、塾で集中講義を受けたりで休みの感覚がないどころか、普段よりも気忙しい毎日であった…。
 そしてそれぞれの高校に入学していったのだが、都立の普通科を受けた者達には悲喜こもごものドラマがあったのだった…。

 私は運良く北園に入学出来たが、友達の小泉君は板橋高校になってしまった… 本人よりも両親が悔しがったようで、中三の冬休みに彼の家で遊んでいたら、お母さんが「高橋君は北園で良かったわね〜。うちのは板橋になっちゃったのよね〜。コレからも友達でいてね〜」などと言っていた。私は…「本当に一緒の高校に行けなくて残念です」…とは言ったものの、やはり北園で良かったと思っていたりした…みんなそうだと思う…。
 入学手続きの時に事務室の荒木さんと言う人が手続きに携わってくれたが、結構エラの張った恐い顔で、「高校はこんな恐い先生がいるんだ!(当時は先生と思った。)」と少し身震いしたのであった。

 高一の新学期は、それこそ夢と希望で胸がはち切れんばかり…とは行かず同期の少ない北中としては結構肩身の狭い思いなどもして、クラスに何とか溶け込もうと大いに努力はした。
 しかし、今まで北中でお山の大将だったこのオレが急にタダの人となったのが、悔しかったのかクラスの連中とはなかなか会話する事が出来なかった…。
 しかし私はバスケット部に入部して大勢の友達を作る事は出来たのだった…。
 そんなこんなで慌ただしく一学期は、88日の出席日数に対して86日の出席で終了したのだった。2日の欠席は一生想い出に残る欠席であったのだが…。
 何という開放感、何という躍動感…16回目の夏を迎え私は自分の躰からスーッと錘がとれるような感覚を覚えた…。

 一学期中も電車やバスで中学の同級生にバッタリ出会ったりしたが、それほど長い話はしなかった…それぞれ自分の環境の整備で忙しかったのだろう…。
 夏休みは違った…お互いゆっくりと話せる訳で、お互いの近況報告やら、進学した高校の様子などを少し大風呂敷も交えて語り合ったものだった。
 私の住んでいた北区桐ケ丘の都営住宅は勿論風呂はなく銭湯に通った…。
 堺正章の「おカミさ〜ん!時間ですよ〜!!」のアレである…。あの番組で毎回一瞬女風呂の脱衣所のシーンが出てきて、それが楽しみで目を皿のように見ていた。

 御当地桐ケ丘には銭湯が三つあった。(今でも三つは健在である)
 一番後から出来た大黒湯っていうのが私達の溜まり場だった。サッカー部の合宿で真っ黒になった小泉君や森君達(彼は向ケ丘高校入学であった。)と湯舟のフチに腰を掛け、ダラダラと取り留めのない話をしたものだった。三人とも中学では野球部で、もともと日焼けはしていたのが更に黒くなっていた。(私はバスケット部で、この年は合宿はなかったが地黒なので、色の黒さは負けてはいなかった。)
 一時間ほどああでもない、こうでもないといろいろな話をしたが、最後は決まって女の子の話になった。

「そう言えば、この間、土井がオトコと手を繋いで中央公園を歩いていたぞ!」
「そうそう、オレもバス停でみたよ!」

 小泉が言った。

「オレは、辻本がセキネでシュウマイ買っているところを見たゼ!」

 森が言った。

「まったくアイツはシュウマイなんか大っキライって言ってたのに、結局嘘ついていたんだな〜。ったく…。」

 小泉が吐き捨てる様に言った。
 私は、田島の話題を期待していたが、二人の口からそれは出なかった。

 躰を洗うのもソコソコに私達は脱衣所で、工業用のデカイ扇風機の前でオトコに生まれた喜びをパンピーを呑みながら分かち合った。毛穴から冷気がスーッと染み込んで来るようで、サイコーだった!
 庭に目をやると、相変わらず何匹かのコイが泳いでいた…誰が捨てたのかタバコの吸い殻が一本浮いていた。ここのコイはよく生きていると思った。
 池の周りには立木が何本か植えてあり、その向こうはそれほど高くない木の塀になっていた。塀の向こうは道路であった。たまにクルマの音やクラクションの音がした。

 女風呂の塀の向こうは多分畑だろうと漠然と思った。何となく道路側に女風呂を持ってこない経営者の優しさを感じ取ったりした。
 塀を挟んですぐ向こうに女の裸がゴロゴロいる…何か道路を通るたびにドキドキしちゃいそうであった。そんな事のないように女風呂は奥の畑に面して作ったのだな…などと訳の分からない屁理屈をこねてパンピーを飲み干した…。
 番台を通る時、チラッと女風呂の方に目が行ってしまうのは本能だろう! しかし収穫はなかった。もうラッシュの時間はとっくに過ぎていたからだろう…。

 朱に交われば赤くなるの例え通り、周りに染まりやすい小泉君はもう既にイイカッコウになっていて、横須賀で買ったと言う白いビニールの草履と白くて細いベルトを付けた細いジーパンを腰から落っこちるんじゃないかと思うほど下げて履いていた。森君はトレパンにランニングシャツであった。

 私が最後に下駄箱から母のサンダルを出し、ポイっと投げた。サンダルは思いのほか、飛んでしまい女風呂の下駄箱近くまで転がった。ガラガラッと女風呂の扉が開いた。
 私は何気なくサンダルを取って顔を上げると一人の女が洗い立ての濡れた髪をバスタオルで拭きながら立っていた。

 田島であった。田島治江であった。

   


 その晩、私はなかなか寝付けなかった…。彼女が何を語り、私が何を喋ったか、まったく記憶になかった…。何とか思いだそうとしても、思い出せない…ただ彼女の澄んだ目とつやつやしたほほ、ひげのない口元だけが印象に残っていた…。
 隣の布団で兄がおでこに腕を乗せて寝ていた。

 私はなかなか眠れなかった。
 突然の再会。何の準備も支度もない唐突の出会い。しかも銭湯の下駄箱で…。その5分前には治江は着替えていたんだ。10分前には髪を洗っていたんだ。13分前には首筋を…14分前には胸を…15分前にはお腹を…そして溯り7分前には…。

 私はなかなか眠れなかった…。
 あの治江の生まれたままの姿を見れる最初のヤツは一体誰なんだ? 治江の素肌に最初に触れるヤツはどこのどいつなんだ?

 そんな時、治江は一体どんな表情をしているのだろうか?その時はもうブラジャーを付けているのだろうか? その時期は夏なのか、冬なのか、秋なのか、春なのか…。
 それとも…それとも…あの下駄箱の時の上目使いの表情は既にそのコトを経験しているのか? イヤイヤ、絶対それはナイ! 絶対それはナ・イ!…はずだ…根拠はないが…。タダの私の希望なのだった。

 私はなかなか眠れなかった…平凡パンチの麻田奈美のように治江が全裸で無造作にリンゴを両手に股間の前で持っていた…予想通り乳輪は大きかった。リンゴを捨て、ゆっくりと海岸を走っていった。
 左右の乳房がもぎ取れんばかりに上下していた…しかしもぎ取れなかった。
 海に入り、大きな波に向かって両手を大きく拡げてジャンプした。白い波が治江の躰の正面から隅々まで浸食した。1回…2回…3回と波に向かってジャンプした。
 こっちに向きを変え、今度は波に押される様に歩いてくる。海面がおへそから腰に下がって来た。歩きにくそうに更にこっちに向かって歩いてきた…。更に海面が下がって来た…。

 目が覚めた…朝になっていた…目が覚めるはずだ…ここから先は未経験ゾーン…未知の世界だった。悔しい…。いつもそうだが、夢の続きは決して見れない。

 諦めて、起き上がった…隣の兄は既に出勤していた…階下に降りる…勿論誰もいない…。
 もう9時を廻っていた。新聞を見た。昨日も巨人は勝った…堀内が完投だ! 今年は優勝間違いなしだろう…。気温は既に30度を越え、今日も一日暑くなりそうであった…昨日の夕食の残りのカレーライスが胃に入ったが、胸には依然田島治江がビッシリと詰まっていた。

 田島に電話しようかな? いるだろうか? きっと居る…居るに違いない。卒業名簿に電話番号は載っているハズである。卒業名簿を取り出し田島の電話番号を探した…あった。
 深呼吸3回、受話器を取って…また置いた。もう一度、深呼吸3回、受話器を取って…また…置いた…。今はきっと忙しい時間なのだ…もっとイイ時間帯に掛けよう…。それより今日は人生を左右しかねない大切な打ち合わせがあるのだ!!
 そう…本当に人生が変わるかも知れない大切な打ち合わせが…。

   


 私は、昼近くになって、やっと着替えた。三峰のバーゲンで買った白いコットンパンツを履き、赤羽一番街の愛好堂で買った(これはバーゲンではない)青いTシャツを来た。

 そう言えば昨日の田島治江はどんな服装だったか? 確か…ノースリーブの白いシャツに、紺の普通のスカート(膝までの長さ…この頃、トゥイッギーの様なミニスカートはまだまだ一般化していなかった。)だったような気がした。脇に黄色いプラスチックのマイ桶を抱えていたっけ…。

 ひょっとすると田島治江から暑中見舞いか何かが来ているかも知れないと思って郵便ポストを身に行った…やはり何も来ていなかった。郵便ポストを見てきた帰りに玄関の鏡を見た…田島治江が始めて素肌を見せる相手は、この鏡の向こうの寝ぼけた男なのか? それとも横須賀サンダルのジーパンが落ちそうな野郎だろうか? 左門豊作のような森だろうか!(この線は限りなくないだろう!!)
 まあ、いい。どっちみち今日またあの二人と風呂に行くんだ…。

 そしてその帰りにあの打ち合わせをするんだ…しかし、そんな大それた事が本当に出来るのだろうか?そんな大胆な事が本当に出来るのだろうか?
 本当に見れるのだろうか? 脇の飲み屋に見つからないだろうか? 今日会った時、取り消しの提案をしたら、腰抜け呼ばわりされるだろうか? でも…もし田島治江が…もし彼女が来ていたら…夢の続きは現実になるのだ…夢じゃないんだ! そう…だからヤルしかないんだ! 勇気を出して…。しかしこんなトコロで勇気もへったくれもないんじゃないかとも思った…。
 私はこんな事になった顛末を振り返ってみた…。

 昨日の治江パニックの後、私達3人は中央公園で更にひとしきり治江で盛り上がったのだった。
 そして、最後に大変な事を打ち合わせる事になってしまったのだった…。口火は小泉が大きな事を言った事からだった…。

「田島がもし誰とも付き合っていないなら、俺、明日電話しようかな?即赤羽の『白夜』の同伴席だゼ!」
「いやあ、絶対誰かと付き合っているよ!」

 私は意地になって何の根拠もなく、反論したのだった。
 森が小泉に向かって言った。

「板高にイイ女いた?」
「結構いるよ!帰る時に声掛ければ、付いてきそうなのがザラにいるよ!」

 と小泉が言った。
 私は内心、また強がり言っている…と思ったが特に反論しなかった。

「あ〜あ!どこかにイイ女いないかな〜」

 森がなかばヤケ気味に大きな声で言い放った。

「明日、田島に電話してみればいいじゃないか!」

 自分で電話するって言った舌の乾かないうちにこんなコトを言う小泉は中学時代と本質的に変わっていなかった…コイツは政治家に向いていると私は思った。
 「田島ね〜!」ため息混じりに森は呟いた…決して田島が気に食わないのではない。むしろあんなイイ女が俺と付き合うハズはない! …高嶺の花だと白状しているようなものだった。

 私は今日唯一田島と話した特権(しかし、何を話したかは全く覚えてはいなんが…)で、

「田島は結構忙しいようだったよ! バイトで新島へ行くらしい…昨日言っていたよ!」

 と、嘘を付いてしまった…。

「俺も新島行こうかな? だけど合宿があるんだよな〜」

 小泉は何を考えているのか…。

「高市はどうだ! アイツが絶対男を知っているぞ! 中学の時、ヤクザに追われていたっていうからな!」
「神田はどうだ!」
「アイツのばあちゃん…結構おもしれ〜ぜ!」
「俺も話した事ある! すぐ、乃木大将の提灯がどうしただの、祭の夜、やっただのって、言っていたゾ!」

 こうして田島治江から始まって、目ぼしい中学の同級生の女の子が次々に俎上に挙げられては料理されていったのだった…。

「みんな、この湯に来るのかな〜」

 唐突に森が方向転換した…。

「この大黒湯はここらじゃ一番大きいし新しいからな!」

 と私は分析した。
 現に、森は都営住宅ではないし、家に風呂があるのに、付き合いでココに来ているのであった。

「高市も神田も来るって事か?」

 小泉が意味深な事を言ったのだった。
 更に「鎌鼬や木尻、御手洗や大河内、それに霧隠…みんな、来るって事か?」と語気荒く早口で興奮気味に続けた。

「この風呂…この風呂…飲み屋の裏から覗けないモンかな〜」

 …森がボソッと呟いた…。
 3人の深層心理にあった得体の知れないモヤモヤはこの発言を待っていたのだった。

「オオゥ!覗くのか?お前? 出来ない事はないぜ…道路側から廻って、塀沿いに行けば、何とかなりそうだな…。」

 小泉が初めて建設的な事を言った。

 私達は、同級生の女の子の入浴シーンと言うより、女風呂!!と言う言葉の響きに酔ってしまった。「時間ですよ〜!」が現実になる…しかもサンヨーの薔薇や日立のキドカラー、ソニーのクイントリックスのように何百本の走査線が織りなす平面な虚像ではなく、生の本当のハ・ダ・カ…なのである。
 同級生どころか、キレイなお姉さん達が何十人もいて髪を洗ったり、躰を洗ったり、湯舟に浸かったり…しかも当人たちはまったく気付いていない…透明人間にでもならないと出来ない事が俺達の勇気と英知と度胸で出来るかも知れないと思うと躰に電流が走ったようであった…。長い事解けなかった幾多の謎が白日の元に晒されるのである…。

 私は言った。

「みんながやるなら俺もやるぜ!」

 2人の顔は強い意志が「ヤル!!」とハッキリと顕れていた。

「よ〜し!やろうじゃん!! 3人なら、一人が肩車で、一人が見張り、一人は覗くって事で上手く行くぞ! 問題は脇のしょぼくれた飲み屋だな〜 …それじゃあ、明日もっと打ち合わせをしようぜ…。」

 私の声は興奮と期待で今にも震え出しそうであった。

   

 もう時間は12時を廻っていた…。今日買ったハイライトも最後になってしまった。この公園で10本以上は吸っていた。小泉はショートホープ…短い希望だ。森はロングピース…長い平和である…。なぜか、性格にあったタバコを選んでいる妙なトコロに感心してしまった…。

 しかし、女風呂を覗くなんて…本当に出来るのだろうか…?私は大いに不安であった。きっとみんなも不安だろうと思った…。

「じゃあ!明日な!」小泉が言った。

「おう!明日!」私が言った。

 森は既に事の重大さを察知したのか、「うむ…。」と声にならない声で深く頷き、決心を表現したのだった。
 こうして、手ぬぐいを回しながら、それぞれ家に帰ったのであった…。

 それから22時間後…私達3人は綿密な計画を練ったのだった。計画というよりは、意志の確認とお互いの勇気の支え合いのようなモノであったが…。
 そして、いよいよ実行日は明日と決まった!

 問題はしょぼくれた飲み屋、そして決行の時間であった…。
 飲み屋の件は我々の意志ではどうにもならないので、これは出たトコ勝負という事になった。
 さて時間である…テレビが普及した現代、戦後まもなく「君の名は」のような銭湯がガラガラになるような人気テレビ番組はなかった。しかし慎重に考えた結果、この間、田島治江が偶然銭湯から出てきた1時間前すなわち、それは9時!と決定したのだった…。

 ここまで来ると、すっかり度胸はついてしまった。

 小泉と森の顔は既に紅潮し股間は硬直していた…。
 しかし…田島治江にいつかは見せてあげたかったこの胸の好きだと言う純粋な気持ちや、もしこれから先、田島治江とこのまま何もなくても甘酢っぱい青春の想い出として残しておきたかったくすぐったい様な気持ち…そしてひょっとするとまた再会した時の為の数種類の淀みない挨拶のパターンや頭の中で何度も何度も繰り返し築き上げたデートのシミュレーション…それらの可能性…もともとゼロに近いかも知れない…それらをすべて放棄しなくてはいけない決断の時なのであった。

 自分自身に対しての欲望という純粋な気持ちが勝ってしまったのであった。
 小泉と森は地球が爆発してもこんな気持ちにはならないだろう…と心の中で呟いた。

 いよいよ明日である…我々3人はいよいよ「女風呂覗きプロジェクト」を行動に移すのであった…。